ひびの入った骨董 吉田秀和の伝説のホロヴィッツ批判 全文を読む

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 音楽評論家吉田秀和さんが亡くなって、今月の22日で10年になります。芸術の深淵(しんえん)へと柔らかい言葉で多くの人々を導いてきた巨人であり、音楽にとどまらず、文学、美術、さらには相撲まで、異なる世界が垣根なく結ばれ、新たな表現の可能性を探っていた時代そのもののような存在でもありました。

 その名を最も広く知らしめたのが、1983年の「ホロヴィッツ事件」でした。世界最高峰のピアニストの晩年の演奏を「ひびの入った骨董(こっとう)」と評する勇気は、日本のみならず、世界の音楽業界に大きなインパクトを残しました。

 この「事件」には後日談があります。吉田さんの批評を伝え聞いたウラディーミル・ホロヴィッツその人が、「あの時の演奏は本領ではなかった」として、代理人を通じて自身の演奏テープを送ってきたのだそうです。しかし吉田さんは、「生演奏でなければ比較はできません」として聴くのを断りました。こうした芸術という世界に対するシンプルなリスペクトが、自らの心に対する偽りのない、洗練された言葉の源となったのかもしれません。その3年後、ホロヴィッツは日本で再起の名演をきかせました。

 吉田さんの没後10年を機に、その「伝説の原稿」である1983年6月17日の「音楽展望」を、いま一度お読みいただければと思います。これからも随時、吉田さんの「音楽展望」をデジタルにて再掲載していきます。それぞれの芸術の世界に住まう人々と、ことばの世界に住まう人々が接点を持つ機会がかつてほど多くなくなった今という時代において、批評や評論といったものは、社会においてどのようなダイナミズムを持ち得るのか。吉田さんの問いかけは、今なお極めてアクチュアルであるように思えます。(編集委員・吉田純子)

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吉田秀和「音楽展望」ホロヴィッツを聴いて 1983年6月17日夕刊文化面掲載

 百聞一見に如(し)かず。ホロヴィッツをきいている間、私はこの言葉を何度も嚙(か)みしめさせられた。その味は、いつも、苦かった。

 ホロヴィッツは今世紀きっての名手と称(たた)えられたピアニストである。その人が七十九歳の誕生日まであと幾か月という時になって、ついに、はじめて日本のステージに姿を現した。

 私たちはこれまで、彼についていろいろな話をきいたり、批評、評論を読んだりしてきた。レコードもたくさんきいた。演奏会の実況をTVで接する機会も、これまでに二回与えられた。それでも、以上の全部を束にしても、今度実際に自分の耳と目で経験したものの重さには対抗できなかった。

事実の重みが苦く

 重みとは何か。今のホロヴィッツには過去の伝説の主の姿は、一部しか、認められなかったという事実のそれである。私としては、彼の来日を可能にした人たちや、全演奏会を翌日一挙に放映したNHKの労を大いに多とする。しかし、この人にはもっともっと早く来てほしかった。

 私は人間をものにたとえるのは、インヒューマンなので好きでない。しかし、今はほかに言いようがないので使わせて頂くが、今私たちの目の前にいるのは、骨董(こっとう)としてのホロヴィッツにほかならない。骨董である以上、その価値は、つきつめたところ、人の好みによるほかない。ある人は万金を投じても悔いないかもしれないし、ある人は一顧だに値しないと思うかもしれない。それはそれでいい。

 だが、残念ながら、私はもう一つつけ加えなければならない。なるほど、この芸術は、かつては無類の名品だったろうが、今は――最も控え目にいっても――ひびが入ってる。それも一つや二つのひびではない。

 彼の演奏では、音楽が続かなくなった。少し進んだかと思うと、ひびの割れ目におちて、音楽がとぎれてしまう。忌憚(きたん)なくいえば、この珍品は、欠けていて、完全な形を残していない。

 それは特に、ピアニストが絹糸のような繊細で強靱(きょうじん)な弱音で、陰影の濃い音の生地を織り続けようと努力している時、際立って見えてくる。それは、もう、音の出来事というより、心の中の出来事と呼ぶにふさわしい。そこにある種の感動を誘う力がないわけではない。けれども、ピアニストは、音が全く消えたわけではないことを証明するかのように、思いがけぬ力強さでバスを鳴らしたりする。それは必ずしも、いつも、前後との論理のつながりが明らかでないので、聴衆を驚かす効果に終わってしまうことが多い。個々の音の輪郭(りんかく)がはっきりしない場合もよくある。それは子音の発音が明確でないので、意味の通じにくい、この人の話し方を連想させずにおかぬ。

 この夜の曲では、最初のベートーヴェン(作品一〇一のソナタ)よりシューマン(謝肉祭)がまし、シューマンよりショパン(ポロネーズほか)がもっとよかった。特にショパン、それも練習曲(作品二五の七)の演奏では、話にきく、ほかに比較するものなく、かけがえもない魅惑の一端にふれることができた。

 やはり、この人は正真正銘、混ざり気なしのピアニストであることをはっきりした手応えで実感できた数分間である。これはベートーヴェンよりシューマン、それよりショパンが、最もピアノの精髄に根ざす音楽を書いた証拠といってもいい。ピアニストの本能が、それによって、最も精妙に呼びさまされるのだ。

 私は去年のロンドン公演を録音した最新のレコードをきいて、この人はもう誰それの何という曲をひくというのでなく、ある曲を前に、自分が何を見、何をきくかということだけを、心の赴くままに語る巨匠になったのかと想像した。しかし、それは半分しか当たってなかった。あのレコードは、どこまで忠実な再現だったのだろう。もっとも、演奏は、機械を通じて経験すると、どうしても何かが変わらざるを得ない。ホロヴィッツも、実演の翌日TVでみたが、ここでも、前夜の痛々しいまでに風穴のあいた印象はずっと柔らげられていた。

 たしかに、何をひこうと、彼はそれを完全に手中のものとし、自分の音楽にしきってひいている。《謝肉祭》では興味深いアクセントづけが随所にあった。ベートーヴェンでは、あの沈鬱(ちんうつ)で内省的な開始の仕方は、かつてみない着想だと思った。しかし、遺憾ながら今の彼には、その着想を充分に肉づけして提出する力が充分にはなくなった。あれでは油絵を白黒写真で複製したようなことになる。

 せめて、第一回のTV放映のあったころ、できれば、その前、長い沈黙のあとカムバックして間もないころ来ていたら、私たちにも、全盛時代の幾分かが伝わってきたろうに。

敏感な本能生きる

 今度の演奏から推測できる限り、彼の芸術は、ほとんど動物的本能といってもよいほどの異常に敏感な感性に根ざすもので、全盛時でも、彼は全く余人の真似を許さぬ演奏をしたのだろう。それはまた、彼の独特の不思議な指使いその他の技巧と不可分だった。それが、第一回のTVの時、私に強烈な印象を与えた基になったのだが、今みると、その両者の結びつきにがたがきている。もう思ったようにひけない。だが、本能は生きている。

 もちろん、七十九歳という高齢だから、肉体が衰えるのは当然の話だ。だが、高齢の名手は、彼が最初でも、唯一でもない。コルトー、ケンプ……私がザルツブルクでバックハウスをきいた時、彼は実に八十四歳だった。その時、かつては鍵盤(けんばん)上の獅子王と呼ばれた老人は、思いもよらぬ温かく深く柔らかな音で、ブラームスの第二ピアノ協奏曲のソロをひきはじめ、ひきおえた。それはブラームスの音楽であると同じくらい、彼のものであり、ピアノ音楽になりきっていた。

 もちろん、人間の年のとり方は千差万別。八十の人にできることが、七十の人にできないといって責めるのは正しくない。だが、現役で働いている以上、批評の対象になるのはさけがたい。ホロヴィッツが、ショパンで往年の至芸の片鱗(へんりん)を垣間見させたのは事実である。だが、それは名品の一片だ。今の彼は、どんな気持ちでステージに立っているのだろう。

 彼が、やれるだけのことを、誠実に、一生懸命にやっているのは事実である。跳躍の多いパッセージで見苦しい音のはずし方はしまいと、テンポをゆるめても、一つ一つていねいに打鍵している様子は感動的でさえあった。

 「これ以上何を望むのか。過去の先入観からでなく、今の自分をきいてほしい」と彼はいうのだろう。だが破天荒の謝金を払う興行主、空前の入場料を払って集まった聴衆が、彼のかつての名声と無関係でないのは、彼も充分心得ているはずである。

 こんなことを書くのが、遠来の老大家に対し、どんなに非礼で情け知らずの仕打ちか、私も心得てないわけではない。だが、大家に向かって、いまさら外交辞令でもあるまい。

霧の彼方になおも

 こういう私でも、かつての彼の天才ぶりを疑うことはできない。あの、ピアノを鳴らすことにかけて天下一品の名手、自分の天分に底ぬけに楽天的自信をもっていたルービンシュタインが、名声の絶頂にいる時、ホロヴィッツのデビューをきいて、絶望し、自殺を考えたというのは、彼が自伝で告白している。ホロヴィッツの演奏に関し、これ以上の専門家の鑑定書はあるまい。それがどんなに輝かしいものだったか、どんな高みからピアノ演奏の芸術を支配していたのか。このことは、今度の実演をきいた後も、きく前とほとんど変わらない位、遠い霧の彼方に残ったままだった。(音楽評論家)

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 過去に掲載された「音楽展望」は現在、講談社電子書籍で読むことができます。https://www.kodansha.co.jp/別ウインドウで開きます(講談社)で試し読みもできます。

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    高久潤
    (朝日新聞エルサレム支局長=文化、消費)
    2022年6月19日7時5分 投稿

    【視点】「ひびの入った骨董」。来日したピアニスト、ホロヴィッツの晩年の演奏を音楽評論家の吉田秀和さんがこう評したことは有名です。クラシック音楽ファンの間では広く知られた話ですが、その原稿は朝日新聞の「音楽展望」として1983年6月17日に掲載されま

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