平和行進にスマホ向ける元海兵隊員 撮った動画の意外な送り先 沖縄

有料会員記事沖縄・本土復帰50年

西岡矩毅
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 「平和行進」という言葉は聞いたことがあった。「平和を願う行進なんだろう」。文字どおり、そんな風に思っていた。

 この春に和歌山から福岡に赴任し、沖縄の日本復帰50年を担当することになった。

 平和行進はこれまで40回以上にわたって開催され、26歳の記者よりも年を重ねている。今年は、節目の日の前日に行われた。

 どんな人たちが何を思って歩くのか。そして、周りは行進をどう見ているのか、聞いてみた。

北海道から鹿児島まで、約1千人が参加

 5月14日朝、スタート地点の沖縄県宜野湾市は雨が降っていた。レインコートに身を包んだ人たちが市民会館の前に集まっていた。

 「基地のない沖縄」と書かれたハチマキを巻いた人もいる。沖縄だけでなく、北海道から鹿児島まで参加者は約1千人に上った。

 周辺にとまる警察車両の多さが目についた。

 午前9時、参加者の列が米軍普天間飛行場に向かって動き出した。「辺野古新基地建設を止めるぞ」「平和な日本をつくろう」。かけ声があがる。

 間もなく、列の横を低速で走る街宣車から大音量の声が飛んだ。

 「おまえらのせいでコロナが増えるんだ」「渋滞になってんだから、さっさと歩け」

 そのたびに、警察官が行進の列と車の間に入る。毅然(きぜん)と歩く人もいれば、車から身を遠ざける参加者もいた。

行進を見てどう思いますか? 「なんとも」

 道ばたで行進に何度も頭を下げる幼稚園職員の女性(66)がいた。

 初めて行進を自分の目で見たという。「自分が参加するのには、少し抵抗があって。全国から沖縄を思ってみなさんが来てくださって、感謝しかない」と目を赤くしていた。

 沖縄が日本に復帰した時、高校生だった。「ドルが円に変わり、車が右側から左側通行に変わった。でも、その時は『ただ変化しただけ』と思っていました」

 それから半世紀。米軍基地に起因する騒音被害や事件事故は絶えない。ロシアのウクライナ侵攻を見て「これだけ基地があったら、いつ攻め込まれるかわからない」と不安が募る。孫や勤務する幼稚園の子どもたちのためにも、平和を願う思いが強まっているという。

 行進は北に向かい、沖縄市に入った。

 店舗からスマートフォンで行進を撮影している男性がいた。

 「行進を見て、どう思いますか」と声をかけてみた。

 「なんとも思わないね」

 そう答えたのは、沖縄市の永松イアンさん(56)。元米海兵隊員だという。

 海兵隊員の父と沖縄県糸満市

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