沖縄県のマーク、復帰の日は青かった 映像で判明、なぜ今は赤に?

沖縄はいま

沖縄タイムス
[PR]

 日本復帰50年の取材準備で、当時の本紙紙面を見ていて目を疑った。沖縄県のシンボルマーク、県章が「ブルーの円」だと書かれている。今は赤でおなじみの県章は、青かったのか。調べてみることにした。

 県章は1972年5月15日の新沖縄県発足式典で披露された。本紙の記事は「配色を当初の青、白、赤から青と白に」と伝えている。やはり青で、しかも当初案は赤も入っていたらしい。

 ネット検索では何も見つからない。「持ち主」の県や選定に関わったグラフィックデザイナーも経緯が分からない。皆「県章は赤じゃないの?」と言う。

 本紙が所蔵する写真はモノクロで、色が分からない。記事が間違っていたのだろうか。疑念が頭をよぎった頃、沖縄テレビに式典のカラー映像が残っていることが分かった。そこには、確かに青い県章が映っていた。

当初はモノクロ

 「青い沖縄県章」の謎を追って、当時の本紙記事をたどった。県章決定が琉球政府の屋良朝苗主席に報告されたのは1972年4月24日だった。現在と同じデザインだが、青、白、赤の3色が使われた。

 公募で選ばれた京都府のグラフィックデザイナー、故西澤弥一郎さんの作品はモノクロだった。県章選定委員でグラフィックデザイナーの岸本一夫さん(87)が色を付け、形も補正した。

 ところが発表直後、全日本剣道連盟が使っているマークにそっくりなことが判明した。向きは違うものの、同じ3色が使われていた。

 4月26日付の本紙朝刊は「(琉球)政府側は大弱り」「オロオロしている」と報じた。今回、岸本さんに尋ねると、「形は本当にそっくりで驚いた」と振り返った。色は記憶にないという。

土壇場「青」に

 配色は復帰わずか6日前の5月9日、土壇場で青と白に変更された。5月15日の新沖縄県発足式典で、県章が披露された。

 会場にいた人を探し、アナウンス担当だった伊舎堂根自子さん(84)にたどり着いた。「県章が青だったことを覚えていますか」と尋ねると、「そうでしたか? 申し訳ないけど、記憶にありません」と少し困ったように答えてくれた。

 それなら県はどうだろうか。担当の広報課は県章がかつて青かったこと、そこから赤に変わった経緯、いずれも「資料を見つけられない」と回答した。

唯一の資料発見

 唯一、県公文書館のウェブサイトで当時の県公報を見つけた。県旗は県章を赤色で染め抜いたものに決定した、と72年10月13日に告示していた。本紙記事によると、赤色は「海と太陽」「豊かで明るい平和な沖縄県」を表現したという。

 岸本さんは「結果的に子どもにも分かりやすいデザインになって良かった。沖縄の平和と発展を願う思いは変わらない」と話す。

 伊舎堂さんは復帰の日、仕事で式典会場にいたものの、心の中では会場隣の与儀公園で開かれていた抗議集会に共感していたという。「当時の沖縄の人は基地を残したままの復帰とは何かということで頭がいっぱい。県章は大切なものかもしれないけれど、そうした状況だったから、多くの人の記憶にないのかもしれませんね」と静かに語った。(沖縄タイムス)

沖縄はいま

沖縄はいま

続く本土との溝、揺れる米軍基地問題。沖縄でいま、何が起きているのか。[記事一覧へ]