琉球はやはり「万国の津梁」 中世にも外国人迎え入れ、DNAが語る

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今井邦彦
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 沖縄県南城市の神座原(かんざばる)古墓群の人骨を調査していた人類学の研究チームが20日、一つの石厨子(いしずし)(石の蔵骨器)に納められていた15~16世紀の男性の骨のDNAから、西ヨーロッパか中央アジア、朝鮮半島にルーツをたどれることが分かったと発表した。

 中国と日本、東南アジアを結ぶ中継貿易で栄え、「万国の津梁(しんりょう)」(国々を結ぶ架け橋)といわれた琉球王国(1429~1879)の姿がうかがえる成果として注目される。

 古墓群は15~18世紀ごろに形成されたとみられる。1992年に商業施設の建設で取り壊され、新設された納骨堂2棟に計78体の人骨が移された。

 2019年、納骨堂を管理している地元の人たちから「骨の素性を知りたい」と依頼を受け、土井ケ浜遺跡・人類学ミュージアム(山口県下関市)の松下孝幸館長(自然人類学)の研究チームが詳しく調査した。

 中国・清代の年号「大清康熙四十五年」(西暦1706年)と墨書された石厨子には男性3人の骨が納められており、放射性炭素年代測定で15~16世紀のものと分かった。

 頭骨の形にそれぞれ異なる特徴があったため、松下館長らは細胞内のミトコンドリアに含まれるDNAを分析。その結果、1人は沖縄を含む日本列島の出身者に多いタイプだったが、1人は西ヨーロッパや中央アジア、もう1人は朝鮮半島にルーツをたどれるタイプだった。

 ミトコンドリアは母系に引き…

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