「この建物には無言の力がある」 被服支廠で被爆、語り続ける理由

核といのちを考える

戸田和敬
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 全4棟が事実上保存される見通しとなった広島最大級の被爆建物「旧陸軍被服支廠(ししょう)」(広島市南区)で22日、呉市の中西巌(いわお)さん(92)が自らの被爆体験を語った。修学旅行で広島を訪れた奈良教育大付属小の6年生約80人が耳を傾けた。

 中西さんは、全4棟の保存を求める市民団体の代表だ。15歳の時、学徒動員先の被服支廠で被爆した。「この建物自体も被爆し、私は爆風に飛ばされたが命は助かった。ここで亡くなった人もいた」。自身は2週間後に急性症状が出て、歯茎から出血して体に斑点が出たという。「広島の街は地獄のような有り様だった。悲劇を繰り返してはいけない」と語りかけた。

 男子児童の1人は「広島が焼け野原になったと知り、原爆の被害の大きさを実感した。平和についてもっと勉強したい」と中西さんに感想を伝えた。

 先に耐震化が決まった県所有の3棟に続き、中国財務局は19日、国が所有する1棟も耐震化すると発表した。中西さんは「この建物には無言の力がある。ここで話すと受け取り方も違う。できる限り続けたい」と話した。(戸田和敬)

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