「被害に遭うかもしれない誰かのために」 淳君の父、走り続け25年

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岩本修弥
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 神戸連続児童殺傷事件で、小学6年だった土師淳(はせじゅん)君(当時11)が亡くなってから24日で25年になる。父・守さん(66)は今年3月に再設立された「新全国犯罪被害者の会」(新あすの会)の幹事になり、犯罪被害者支援のあり方を再び模索し始めた。命日を前に朝日新聞の取材に応じ、被害者支援のあり方や4月に施行された改正少年法について語った。

 「25年という年月に特別な気持ちはない。でも、波瀾(はらん)万丈の25年だった」

 今も毎朝、仏壇に線香を上げる。「淳の持ち物は大半処分した。服とかね。でも淳が描いていた絵とか、本とか、自由帳とかは大切にとってある」

 次男の命を奪った容疑で逮捕されたのは、当時14歳の中学3年生だった。医療少年院を2005年に本退院し、社会復帰。15年には事件の経緯などを書いた手記を出版した。一方で、04年に仮退院してから毎年送られてきた手紙は、18年以降途絶えた。

 「私たち遺族の思いに答える努力をしてほしい。彼には義務がある」

 加害者の男性に会いたいとは思わない。でも、ずっと問い続けたいことがある。なぜ、うちの子の命が奪われないといけなかったのかだ。「これだけは今も知りたい」。だが、25年経った今も、答えが返ってくることはない。男性が今、どこで何をして過ごしているのか、遺族は知る由もない。

この事件は少年法を大幅に見直すきっかけになりました。記事後半では少年法への考えや被害者支援について聞きました。

 事件をきっかけに見直された…

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