第4回タイの「住みます芸人」、現地で俳優に せりふ言えず悔し涙の日も
創業110周年を迎えた吉本興業はいま、アジア市場に打って出ている。日本でくすぶる芸人にとって、それは海の外で生まれ変わるチャンスでもある。
「いる役」、居心地いいけど
その場にいるだけ。だから「いる役」。
タイ在住の住みます芸人、あっぱれコイズミ(41)はかつて、そう呼ばれていた。
お笑いコンビ、トータルテンボスのそばが、自分の居場所だった。
2人は東京NSCで1期上の先輩。2人のネタ作りの場に、同席が許される仲だった。
役割は、何を言うわけでもなく、いるだけ。「お、今日もいるなあ」と言われ、いつしか「いる役」と呼ばれるようになった。
2人の海外ロケの現場にも、単独ライブの楽屋にも、いた。出演はしないのに。
「居心地はよかった」と振り返る。トータルテンボスの2人からは、「いつか給料を払う」とまで言われていた。
甘えた人生、海の外で変える
転機は2015年。吉本興業で「アジア住みます芸人」の企画が持ち上がったときだ。
芸人が日本各地に移住し、現地をPRするプロジェクトのアジア版。移住先の国や地域でスターをめざせ、というわけだ。いまは東南アジアを中心に、13組の芸人が活躍している。
35歳、実家暮らし。食うには困らぬが、「このままでいいのか」と感じていた。
「先輩や家族から1年でも離れて、自分の力でやってみたい」
「甘えた人生」を変える覚悟だった。行き先もわからぬまま、オーディションを勝ち抜いた。
タイ語はさっぱり
言い渡された新天地は、タイ。
行ったはいいが、言葉はもちろん、何もわからない。家でテレビをつけて、ニュースやドラマを見続けた。気になる単語はカタカナで書き取り、意味を調べた。
2~3年経つと、簡単な会話なら聞き取れるようになった。ふだんの生活も、身ぶり手ぶりを交えてコミュニケーションが取れるように。「伝えようと頑張れば、言葉がつたなくても聞いてもらえる」と学んだ。
だが、「話す」ことへの苦手意識が抜けない。
芸人の仕事は、言葉を話さないコントで乗り切った。でもめざすはマルチタレント。映画のオーディションで、壁にぶつかった。
覚えてきた3行のせりふが、言えない。
「なんでこんなにしゃべれないのか」
悔しくて、涙があふれた。戸惑うスタッフたちを見て、「絶対に落ちた」と思った。
結果はまさかの
後日、連絡が来た…