岩国の反戦喫茶「ほびっと」50周年で集い

川本裕司
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 山口県岩国市今津町2丁目で1972年2月から4年間営業したベトナム戦争の反戦喫茶「ほびっと」に関わりのあった28人が21日、同市民文化会館で50周年の集いを開いた。半世紀の岩国や日本の変化を振り返り、それぞれの人生への影響を語った。22日には米軍岩国基地前で戦争反対の声を上げた。

 反戦米兵を支援し76年まで営業したほびっとのスタッフだった福岡県福津市の鷲野正和さん(71)の呼びかけで関係者28人の手記をまとめた「『ほびっと』とわたし」が昨年12月に出版され、集いも催された。東京、京都、福岡などから集まった。

 岩国市に住む児童文学作家の岩瀬成子さん(71)は会社員時代にほびっとを訪れ、キリスト教施設で米軍兵士と話す機会もあった。「外国人バーが基地周辺からほとんどなくなった。基地は巨大化し米国人は増えたが、基地と米国兵の姿は視界に入らなくなってきている」と話した。

 初代マスター中川六平さん(2013年死去)を継いだ同市の冨田裕明さん(73)は「当時は反戦米兵が存在し、ほびっとを信じる近所の人たちがいた。50年たって、米国と日本はどうなったのか。ともに壊れてきている。小さなつながりから作っていかなくては」と言った。

 岩国東教会の牧師として応援した田口重彦さん(87)=山梨県北杜市=は孫とともに出席。「ほびっとはそれぞれの人生の分岐点だった。私の精神にも大きなインパクトを与えた。牧師をやめたあと、地元で九条の会の発起人となった」

 ほびっとに関わった人は市議会議員、研究者、生協職員、印刷会社員、編集者ら、様々な道に進んだ。絵本作家の長新太さんがデザインしたというほびっとのマッチを持参した人も。参加者からは「歌手浜田省吾さんが作詞した曲にほびっとを舞台にしたといわれる作品がある」といった逸話も語られた。

 22日には、国道188号交差点から岩国基地正門前まで約300メートルを、15人が福岡ベ平連ベトナムに平和を!市民連合)の旗や「殺すな」と書かれた紙を掲げて歩いた。基地前では「NO WAR」などとシュプレヒコールをして解散した。(川本裕司)