第5回「10年でこんな変わるんか」 ミルクボーイが語る笑いと劇場ライフ

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西田理人
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笑いに生きるとは、何たるか

 売れない、食えない。そんな日々が、一夜にして一変するのが芸人の人生。M-1王者のミルクボーイもまさにそうです。笑いを生きるとは何たるか。駒場孝さん(36)と内海崇さん(36)に聞きました。

駒場孝(36)=大阪府出身=と、内海崇(36)=兵庫県出身=が、大阪芸術大学在学中の2004年に結成。07年から吉本興業所属。19年のM-1グランプリで王者に輝き、一気に全国区へ。22年には上方漫才大賞を受賞。現在も大阪を拠点に、舞台やテレビ、ラジオなどで幅広く活躍する。「オカンが忘れた○○」のネタが代名詞。

 ――4月にあった吉本興業創業110周年の特別公演「伝説の一日」で、明石家さんまさんや大御所の皆さんと共演しました。10年前、こんな未来を想像していましたか。

 内海 「10年前、創業100周年の『伝説の一日』には、何も関われませんでした。仲間の芸人たちは(各地の映画館で公演を生中継する)パブリックビューイングの前説とか付属のイベントとか、何らかの形で関わっていたんですが、僕らは普通に休みやった」

 駒場 「なので、僕は自分でチケットを買って、大阪の外れの方の映画館へ見に行きました。前方の席しか残っていなくて、前説で出てくる芸人さんに見られたら恥ずかしいなと……。結局ずっとうつむいていて、悔しさしか残らなかったですね。だから今回、漫才もできて、皆さんとも共演できて、それが少しは晴れたかな」

 ――「伝説の一日」の翌週には、さらに今年の「上方漫才大賞」の発表も。半世紀余り続く伝統ある賞を受賞して、感慨深い様子でした。

 内海 「ほんまに10年でこんなに変わるんかと。M-1獲って良かったなと改めて思いましたね。こんなに大きなイベントが2週連続するので、精神的には少し追い詰められていましたけど(笑)」

毎晩のように見ていたM-1が…

 ――ミルクボーイの結成は、大学在学中だったそうですね。

 内海 「もともと僕は『絶対に芸人になるぞ』みたいな感じではなくて、入学当初はアイスホッケー部に入ろうとしていたんです。ただあんまり楽しくなくて、落研(落語研究会)へ。そこで出会った相方と2004年にアマチュアでコンビを組み始めました。その後、吉本のオーディションを受けて合格し、07年にデビューすることに」

 駒場 「僕は小さい頃に新喜劇に憧れて、その後は漫才番組やダウンタウンさんの番組をずっと見ていて。何の道具もなしに、2人でずっとしゃべっているのがかっこええなと思ったんですよね。それまでは高校の学祭で友達と漫才を1回やったくらいでしたけど、ずっと芸人にはなりたいと思っていました」

 内海 「ただ、当時はどうしたら芸人になれるのかも分からなかった。漫才を始めてから、M-1はずっと見ていました。学生の頃は寝る前に毎晩のように見て、どんどん憧れが膨らんでいった」

 ――しかしそのM-1が、第10回(10年)でいったん終了します。その頃からお笑いと本気で向き合えなくなっていたとか。

 内海 「当時は毎週、舞台に…

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