「ナチスは良いこともした」という逆張り その根底にある二つの欲求

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聞き手・田中聡子
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 「ナチスは良いこともした」――。そんなSNSでの発言に対し、ナチズムを専門に研究する田野大輔さんは「間違っている」と指摘してきました。すると、自分が批判にさらされてしまう、という経験が田野さんにはあるそうです。なぜネット上にナチスを肯定的に捉える言葉が広がるのか。その背景について聞きました。

たの・だいすけ

1970年生まれ。甲南大教授。ファシズムを体験する講義が話題に。著書に「ファシズムの教室」など。

 私が専門とするナチズムの領域には、「ナチスは良いこともした」という逆張りがかねてより存在します。絶対悪とされるナチスを、なぜそんな風に言うのか。私はそこに、ナチスへの関心とは別の、いくつかの欲求があると感じています。

 ナチスを肯定的に評価する言動の多くは、「アウトバーンの建設で失業を解消した」といった経済政策を中心にしたもので、書籍も出版されています。研究者の世界ではすでに否定されている見方で、著者は歴史やナチズムの専門家ではありません。かつては一部の「トンデモ本」に限られていましたが、今はSNSで広く可視化されるようになっています。

 それらが「良い政策」ではなかったことは、きちんと学べば誰でも分かります。たとえば、アウトバーン建設で減った失業者は全体のごく一部で、実際には軍需産業の雇用の方が大きかった。女性や若者の失業者はカウントしないという統計上のからくりもありました。でも、こうやって丁寧に説明しようとしても、「ナチスは良いこともした」という分かりやすい強い言葉にはかなわない。対抗するならば、「それ、ナチスが信じ込ませたかったストーリーだからね」ぐらいでしょうか。「ナチスを批判するならウイグル問題も批判しろ」と、悪を相対化しようとするのも、よくあるレトリックです。

 ツイッターで私が「ナチスの政策で肯定できることはない」と発言すると、多くの反発がありました。私にナチスの「良い政策」を示し、「こんなことも知らないのか」とばかりにあざ笑う人もたくさんいました。そんな反応を見て、逆張りの根底にある二つの欲求に気づきました。

「逆張り」の根底にある欲求は、陰謀論や「歴史戦」にもつながっていると田野大輔さんは指摘します。かつてはドイツの人たちにも、そんな欲求が広がったことがあったそうです。

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