ウクライナ侵攻の今こそ知りたい 忘れられた憲法草案要綱の中身

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駒野剛
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記者コラム「多事奏論」 駒野剛

 JR常磐線小高駅から西へ約10分歩くと、2メートルほどの木製標柱が立っている。

 「憲法学者 鈴木安蔵 生誕之(の)地」

 高々と墨書された文字が誇らしげに躍って見えた。だが、鈴木安蔵とは誰か。岩波書店の広辞苑や三省堂の大辞林には記載がない。小学館の大辞泉(いずれもデジタル版)でようやく見つかった。

 いわく――。「戦後は高野岩三郎らと憲法研究会を結成。『憲法草案要綱』の起草にあたった」とある。要綱は何かと再び大辞泉を引くと鈴木らの「憲法研究会が発表した憲法の草案。日本国憲法の基礎となったGHQ草案に影響を与えた」と記す。

 鈴木らの活動は歴史の流れの中で忘れられた。憲法は連合国軍総司令部(GHQ)が草案を作り、それを日本が受け入れたという物語が残り、ゆえに「押しつけ憲法」と批判され、改憲の名分にされてきた。

 だが、生誕の地、福島県南相馬市の標柱の場所に立つ鈴木の旧家には全国から見学者が訪れているという。この家を「憲法のふるさと」として保存、活用しようと「鈴木安蔵を讃(たた)える会」が組織されている。「さらに多くの人が鈴木氏の業績を知ってほしい」と同会の志賀勝明会長は語る。

 1945年8月の敗戦直後、社会思想家の高野岩三郎らは日本文化人連盟の結成を呼びかけた。10月29日、創立準備会が開かれ、高野は出席した鈴木に「憲法も改正しなくてはならない。憲法をやってきた君が努力せよ」と働きかけた。

 憲法を一から作る時、鈴木は…

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