泡盛の器を探して 「カラカラ」に「ダチビン」 やちむんに古酒注ぐ

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編集委員・小泉信一
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現場へ! 泡盛に乾杯③

 イチャリバチョーデー。

 そんな言い方が沖縄にある。「一度会ったらみんな兄弟」という意味である。たしかに酒場で泡盛を飲んでいると、その言葉の意味がしみじみ分かる。飲み過ぎも、飲めない人に勧めるのもNGだが、人との垣根を作らない不思議な力を泡盛は秘めているのかもしれない。

 「釜ケ崎人情」「花街の母」など大阪の風土に根ざした曲を数々発表してきた作詞家、もず唱平(83)も「泡盛に魅せられた」と語る。大阪が仕事や生活の拠点だったが、現在は事務所のマネジャーや弟子と一緒に沖縄で暮らしている。

 「音楽が聴覚の芸術であるのと同様に、泡盛は味覚、嗅覚(きゅうかく)の芸術品」と言う。元々酒はあまり飲まなかったが、沖縄で泡盛に出会ってからはグラス1杯の水割りをじっくり時間をかけて飲んでいるそうだ。

 そもそも酒とは祭事のときに造られる神聖な飲み物だった。陶然とした気持ちになることで神との交流を図ろうとしたのである。英語で「スピリット」。この言葉には「霊」や「精神」の意味もある。

 さて「泡盛」という言葉が記録上、初めて記載されたのは江戸時代前期の1671年。将軍家への献上品目だった。幕末、米海軍のペリー提督ら一行が那覇に寄港した際には、琉球王府は晩餐(ばんさん)会で古酒を供し、もてなした。同行した秘書官テイラーは手記に書いている。

 「まろやかに熟しており、きつくて甘みのあるドロッとした舌触りで、いくらかフランス製のリキュール酒に似ていた」

 ペリー一行が帰ったあとには事件も起きた。したたかに酔った残留兵が民家に押し入り、女性を暴行したのである。彼は住民に追われ、港から落ちて水死したという。

 私は泡盛を入れる容器が見た…

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