小学校授業にゴスペル14年、恥ずかしがり屋もアドリブで

重政紀元
【動画】体全体でリズムをとりながらゴスペルを歌う子どもたち=重政紀元撮影
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 【千葉】船橋市の小学校で音楽の講師を務める山本愛さん(56)が「ゴスペル」を授業に採り入れる取り組みを14年間にわたって続けている。従来の音楽授業のような楽譜通りに間違えないことよりも、リズムを感じて自由に歌うことで音楽本来の楽しみを取り戻す試みだ。(重政紀元)

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 「エーェメン、エーェメン♪」。弾むようなリズムの声が船橋市立小栗原小学校の音楽室に響く。3年生の音楽の時間で行われたゴスペル曲「Amen」の合唱だ。

 子どもたちは手拍子を取りながら、左右にステップを踏む。曲の合間には「ハレルーヤ♪」などのフレーズをアドリブで入れていく。指導する山本さんは「みんな笑顔でしょう? 間違えたらいけないと考えずに歌えるから。これがゴスペルの持つ魅力です」と強調する。

 ゴスペルはアフリカ系アメリカ人から生まれた。奴隷貿易で連れてこられた人々は、賛美歌に独自のメッセージやリズムを採り入れ、ゴスペルの原型となる「黒人霊歌」を生んだ。過酷な環境の中で希望を見いだすエネルギーになったと言われ、短い歌詞とメロディーの繰り返し、躍動感あるリズム、アドリブを含めた自由度の高さが特徴だ。

 子どもの時から合唱団に入り、大学は声楽科出身の山本さんがゴスペルと出合ったのは2000年。友人に誘われて訪れた柏市内の教会であった教室がきっかけだった。「こんな開放的な音楽は初めてで、すべてが新鮮に感じた」

 友人たちとサークルを立ち上げてライブ活動をする一方、子育てのために中断していた教師にも2009年に復帰。「子どもたちにこの感動を伝えたい」と講師に入った小中学校の音楽の授業に採り入れ始めた。

 効果はすぐに実感した。最初は歌うのを恥ずかしがる子どもたちも、声を張り上げ、指示はなくてもアドリブでフレーズを叫んだ。授業に集中できないと見られていた子が自ら打楽器をたたいてリズムをつくり、素晴らしいセッションをつくったこともある。

 コロナ禍で合唱ができなくなってからもゴスペルは生かせた。クラスを6~7人のグループに分け、音楽室にあるシンバルやボンゴ、タンバリンなどの打楽器を使ってアンサンブルバンドを結成。2カ月かけてゴスペル曲を練習し、発表会まで開いた。

 授業では奴隷貿易などゴスペルの背景についても説明。子どもたちの意見を聞く。小栗原小での授業でもなぜ歌われてきたのかについて問いかけ、子どもたちは次々と手を挙げ、「誰でも歌えるから」「歌うと楽しくなれる魔法のようだから」などと答えた。

 1月には指導法や代表的なゴスペル曲の楽譜をまとめた「みんなでゴスペル! 学校で、サークルで、お家で」(朔北社)を出版。ゴスペルの歴史やそこから生まれたブラックミュージックの発展をまとめたコラムも入れた。ピアノ演奏の参考となるCDも付く。同社によると同様の教材はこれまでにないという。

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 どうして音楽の授業にゴスペルを採り入れたのか。山本さんに聞いた。

 これまで14年間にのべ15校でゴスペルを子どもたちと歌ってきました。どの学校でも感じる一つがゴスペルの持つ「生きる力」です。

 奴隷制度の中で生まれたゴスペルの本質は、いかに困難を乗りこえるか、にあります。この音に触れると、不思議とエネルギーが湧く。笑顔、手拍子、リズム、地声で歌え、ステップを踏む楽しさ、みんなで一体になる楽しさ。これは理屈ではなく、私自身が目の当たりにしてきました。

 もう一つが「音楽の自由さ」です。シンプルで繰り返しの演奏だから自然とアドリブや掛け声が生まれ、ハーモニーも追加される。子どもたちは初めは戸惑いますが、必ずその自由さを手に入れ、満足感や高揚感につながっています。

 日本の音楽教育明治時代から西洋音楽の習得が第一でした。その負の面は「正しく、間違えず、技術的に優れていないといけない」という抑圧的な感覚です。一方アジアやアフリカなどの音楽は人間の自然な欲求やリズムの自由さに満ちています。その両方が音楽教育にはあってもいいというのが私の持論です。

 日本の子どもは総じて表現が苦手です。目立ってはいけない、恥ずかしいという気持ちがとても強い。表現は主体性であり、能動的なアクションによるものです。そしてそれが認められた時、大きな自信となる。ゴスペルはそのための大きなツールです。

 ゴスペルが持つ「音楽活動の楽しさを体験する」「協働して音楽活動をする」という効果は学習指導要領とも一致します。背景である宗教性を心配する声もありますが、クラシックだって元々は宗教と深く結びついています。現在は教育現場で活用されることはほとんどありませんが、教育において重要な音楽になると思っています。