能登の祭りの代表格「キリコ」 土屋太鳳さん、自衛隊も担ぐ

朝倉義統
[PR]

 石川県能登半島の夏と秋の祭りの代表格といえる「キリコ祭り」。太鼓やシャギリ(鉦〈かね〉)、笛のおはやしに合わせ、かけ声とともに各地区を練り歩く、能登の風物詩だ。今年は3年ぶりにその姿が見られそうだ。

 キリコは、直方体のあんどんに、屋根や四本の柱、担ぐための棒などを施した能登特有の「切子灯籠(きりことうろう)」を「切籠(きりこ)」と略したものだ。

 展示施設「輪島キリコ会館」(輪島市)には、市内三つの神社の祭りで今も使われている20基を含め、高さ約4~12メートルの大小31基が常設展示されている。

 竹中正治館長(61)によると、キリコ祭りは能登でも珠洲、輪島、七尾、志賀、穴水、能登の3市3町、その中の約200カ所の地区で大小様々な祭りが夏から秋に開かれるという。2015年には文化庁の日本遺産に認定された。

 今年は、その中でも大規模な能登町の「あばれ祭」(7月8、9日)、七尾市の「石崎奉燈(ほうとう)祭」(8月6日)の開催が決まった。

 キリコの歴史は江戸時代にさかのぼる。竹中館長によると、最も古いとされるのは江戸前期の正保3(1646)年、輪島市の住吉神社の「祭礼定書(さだめがき)」に記述が残っているという。

 当時のキリコは、小さなあんどんを1本の棒で1人で持つ形の「笹(ささ)キリコ」と呼ばれた。それが時代とともに大きくなり、江戸後期の文化5(1808)年には、現在の形になっていた記録が残るという。

 大きくなった理由の一つは、北前船で財力を蓄え、町人文化が発達したこともあるそうだ。その象徴的なキリコが会館の一番目立つところに展示されている。

 嘉永6(1853)年に披露された、高さ12・3メートルの大キリコだ。総輪島塗りで、柱には昇り竜、屋根には金箔(きんぱく)貼りのシャチホコなどが施される。あんどん部分にあたるナカフクには、人徳ある人柄が幸せを頂けるという意味の「蒙福徳(もうふくとく)」と書かれている。

 作ったのは当時の豪商、中島屋三郎左衛門。この年はペリーの来航と同じ時期で、「太平洋側は黒船、日本海側は中島屋のキリコ」と比較されるほど、多くの見物人が集まったという。

 現在の価値で換算すると、製作費だけでも8千万円以上になるといい、輪島塗職人の失業対策にもなったという。竹中館長は「まさに当時の富の象徴だった」と話す。

 中島屋は明治維新後、経営不振に陥り、明治8(1875)年に没落。そのため、大キリコは現在の輪島市深見町の地区に売却され、祭りには戦前まで使われたという。1971年に市の指定文化財になった。

 館内には、輪島市が舞台になった、2015年放送のNHK連続テレビ小説「まれ」のヒロイン、土屋太鳳さんが、ドラマで担いだキリコと直筆サインが入ったものもある。

 異色なのは航空自衛隊所有のキリコだ。同市にある輪島分屯基地の隊員が重蔵神社大祭で毎年担いでいる。同基地によると、1985年ごろに有志が資金を集めてつくったという。

 祭りの日は、親戚や友人、お世話になった人らを家に呼び、ごちそうを振る舞う「ヨバレ」という風習が今もある。お盆や正月に帰省しなくても祭りに帰る人も多いという。同館の初代館長だった藤平朝雄さん(82)は「各地域の夜空を彩る『光の帯』は心意気のシンボル」と表現する。

 記者は能登出身で、小さい頃から見てきた愛着ある祭りでもある。全国でも有名な「青森ねぶた祭」にも負けない魅力もあると思う。7月から10月までの約4カ月、どこかの地区で見ることができる。ぜひ、見に行ってみませんか。(朝倉義統)