NBAに「パラダイス」つくった男 琉球ゴールデンキングスにみる夢

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塩谷耕吾
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 バスケットボールのプレー経験はない。

 「それでも、プロバスケの世界で27年も飯を食っているんですよ」

 安永淳一(55)は、ニヤリと笑う。

 京都市出身。滋賀大を卒業後、留学先の米インディアナ大でスポーツ経営学を学んだ。

 1995年、スポーツクラブでのインターンシップが大学で必修となり、野球、アメフットなど全米約200のプロクラブに履歴書を送った。

 ことごとく断られた。

 かろうじて受け入れてくれたのが、米プロバスケットボールNBAのニュージャージー・ネッツ(現ブルックリン・ネッツ)だった。

 営業で成果を出し、1カ月で正社員になった。

 初任給は月千ドル(当時のレートで約8万円)。

 生活は、楽ではなかった。

 「クレジットカードを7枚つくってやりくりしていた」

 その分、かけがえのない経験を手にした。

 いきなり約2億円分のチケッ…

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