「残り2分です。50秒、55秒……」。記録係の秒読みのなか、斎藤慎太郎八段は頭に手をやってから、相手の駒を取る。最後の一手になることは分かっている、というような手つきだった。
渡辺明名人は3三に飛車を打ち込んできた。記録係がジャケットを身につけた。再び秒読みが始まった。斎藤は手をひざにつき、体をはっきりと起こしたあと、身を二つに折った。
「負けました」
第80期将棋名人戦七番勝負第5局、午後8時20分投了。2度目の名人挑戦が終わった。
1勝4敗。序盤中盤にリードを奪われ、巻き返せない展開が続いた。「終始苦しい番勝負になってしまって、なかなか打開策が見つかりませんでした」
ただ、どんなに苦しい将棋でも対局姿勢は変わらなかった。正座を崩さず、盤面を見つめる。前傾姿勢の背筋がまっすぐに伸び、両手の拳を座布団に突きつけて前のめりの体を支える。
忘れられないシーンがある。前期名人戦第4局を終えて1勝3敗と追い込まれるなか、別の棋戦の対局が東京の将棋会館であった。
夜、対局を終えた斎藤はベンチに手を突き、ひざの下を何度もさすっていた。
「大丈夫ですか」と声を掛けると、斎藤は笑顔で返してくれた。
「対局が続いていて、少し足を痛めてしまって」と明かした。大丈夫です、名人戦も頑張ります、と笑顔のままつけ加えた。
それから斎藤の対局姿勢から目が離せなくなった。
今期名人戦第4局、昼の休憩…