リゾート地に立つ建物はミサイル発射口だった 沖縄に残る核のリアル

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牧野愛博
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現場へ! 沖縄で安保を考える②

 沖縄本島のほぼ中央に位置する恩納村(おんなそん)の海岸にはリゾートホテルが立ち並ぶ。海岸線を西に望む高台にひときわ目立つ、8ブロックに分かれた長さ100メートル、奥行き40メートルの建物がある。

 米国による沖縄統治の時代に配備されていた地対地巡航核ミサイル「メースB」(射程2200キロ)の発射口跡だ。核ミサイルは、いったい何のために沖縄に置かれていたのだろうか。

 メースBが置かれた高さ8・6メートルの地上部分は、奥に向けて約25度の角度で下がっている。発射口の地下は14~16メートルの深さで、2重扉に守られた司令室と機械室が2カ所ずつある。

 至るところに「NO SMOKING」の表示がある地下通路の塗装ははげている。発射用の通信機器が撤去された司令室跡は、かまぼこ形の分厚いコンクリート製天井で守られている。司令室要員は1チーム7人、3グループで勤務していたという。

 メースBは全長13メートル、直径1メートル余。中国の北京や重慶、北朝鮮の平壌などを射程に収めていた。核政策や欧州の安全保障に詳しい防衛省防衛研究所の吉崎知典研究幹事は「朝鮮戦争が教訓になり、米国は戦術核で中国の脅威を抑え込む考えだった。メースBは、核を搭載したB52爆撃機を補完する役割を与えられていた」と語る。

 米国は1961年に核ミサイル基地の建設を決め、恩納村など4カ所に8基ずつ、予備の各1基も含めて計36基を配備したという。沖縄返還に伴って、核を撤去して日本と同じ法律を適用する「核抜き本土並み」という日本側の方針を受け、70年までに撤去された。基地は開放され、今は創価学会沖縄研修道場になっている。

 米公文書をもとに米研究者らが99年に科学誌に発表した論文によれば、沖縄の米軍基地には54年から本土復帰の72年までに、19種類の核兵器が配備されていたという。

 沖縄に多様な核が配備され…

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