燃えさかる炭火にかけた地鶏 宮崎県民の脳裏に刻まれる味のルーツは

堀川勝元
[PR]

 数年前に勤務した宮崎県が大好きだ。コロナ禍前は長期休暇のたび、癒やしを求めて訪れた。お目当ては、現地での取材がきっかけで始めたサーフィンと、指導してくれた親友たちに会いにいくことだ。

 南国特有の強い日差しを浴びながら、海につかるだけで気持ちがいい。そして夜は友人との宴会。必ず出てくるのが「地鶏の炭火焼き」だ。焼酎のソーダ割りと一緒に口にすると、日ごろのストレスは吹っ飛び、宮崎に帰ってきたことを実感する。

 炭火焼きを初めて見たとき、その黒さにぎょっとした。だが、いつしかくせになり、飲み会で欠かさず頼むようになった。スーパーでも購入でき、専門のデリバリー業者があるほど、地元から愛されていた。

 東京で本場の味を楽しめる店はないか。宮崎の友人が教えてくれたのが、恵比寿駅東京都渋谷区)から徒歩3分の居酒屋「てにゃわん」だ。店の前には、方言で「宮崎料理やっちょります」の看板。大都会で宮崎が感じられて気分が上がる。

居酒屋などで楽しんだことがある方も多いのではないでしょうか。記事の後半では、そのルーツに迫ります。

 てにゃわんとは宮崎弁で「手に負えない」という意味だ。宮崎県高鍋町出身の店主・小澤拓郎さん(39)が幼いころにわんぱくで、周囲からそう言われたことにちなんでつけた。

 こだわりはほとんどの食材を宮崎から取り寄せていること。肉、魚、野菜。どれをとってもおいしい地元の素材の良さを知ってほしいからだ。炭火焼きに使うのは県内のブランド地鶏「妻地鶏」か「黒岩土鶏」。肉質が柔らかく、たたきとして出せるほど良質なものだという。

 切り分けた地鶏に、塩とコショウ、料理酒で下味をつけた後、金網に入れて炭火にかける。そこに鶏油(チーユ)をかけると、天井近くまで炎が上がる。炭でいぶされることで肉が黒くなり、香りをまとうという。小澤さんは「この香りが食欲をそそるんです」。

 てにゃわんでは、キャベツを敷いた鉄板にゆずこしょうを添えて出される。「ジュジュジュ」と音を立てる鉄板から口に運ぶと、鶏のうまみといぶされた香りが広がる。ややレアの状態で仕上げるため柔らかくて食べやすい。

 小澤さんの実家は、町内で名の通った仕出し店を営む。冠婚葬祭や運動会などのたびに大量の注文が入り、幼いころから毎日のように仕込みや配達を手伝った。大変だったが、地元の人から「おいしかったよ」と、声をかけられるのが誇らしかった。

 高校卒業後に上京。都内の大学を卒業した後、飲食の道を志して、食品卸会社に就職。その後、故郷に恩返ししたいとの思いが強まり、都内の宮崎料理店などでの修業を経て、約7年前に開店した。

 小澤さんが東京で感じるのは、宮崎県出身者の仲間意識の強さだ。出身者同士が出会うと意気投合し、ことあるごとに店で宴会を開いてくれる。コロナ禍で店が打撃を受けたときも、「大丈夫か」と足を運んでくれたり、商品をテイクアウトしてくれたりした。

 将来は海外にも宮崎料理店を出したいと考えている。「料理のおいしさだけではなく、人と人のつながりを大事にする宮崎人の温かさも広めていきたい」(堀川勝元)

 そもそも地鶏の炭火焼きはどのようにして生まれたのか――。

 たどり着いたのが、宮崎市の繁華街「ニシタチ」にある1954年創業の「丸万焼鳥本店」だ。3代目の前田龍好さん(61)は「祖母が考案したものです」と教えてくれた。

 前田さんによると、漁師町出身だった祖母の故・トモエさんは54年、県庁前でスズメの丸焼きや鶏の串焼きの屋台を出した。アジの開きを参考に、鶏のもも1本を開いて短冊状に切り目を入れて出すと、物珍しさから行列ができた。これが始まりという。

 翌年、現在の場所に店を構えた。当初は農家が飼う地鶏を使っていたが、売れ行きが好調で、次第に鶏が足りなくなり、肉のうまみが強く、歯ごたえがある採卵鶏を使うようになった。トモエさんは焼き鳥と呼んでいたが、いつしか、もも焼きや炭火焼きと呼ばれるようになったという。

 前田さんは「初めてだと見た目で戸惑う方もいるが、お酒にも合い、一度食べると、また食べたくなる。祖母の味を末永く守り続けていきたい」。

 観光に詳しい宮崎産業経営大学元教授の渡辺綱纜(つなとも)さん(91)によると、1960年代、新婚旅行で宮崎に訪れた著名人が炭火焼きを味わったことが報じられ、その存在が全国に知られるようになったという。「食を通じて宮崎を有名にしたものの第一号だ」と説明する。

 渡辺さん自身も、交流のあった故・永六輔さんらをたびたび丸万に案内したといい、「『鶏がこんなにおいしいものとは知らなかった』とみんな大絶賛していた」と振り返る。

 こうした老舗に続いて宮崎市内でも多くの店ができた。1990年創業の名店「ぐんけい」もその一つだ。創業者の黒木賢二さん(84)が独自に取り組んだのが大きな金べらを使って一度に大量の地鶏を焼くことだ。大きな炎が上がることが話題となった。またブランド地鶏「みやざき地頭鶏(じとっこ)」をいち早く取り入れ、認知度向上に一役買った。

 いまや宮崎県民にとって地鶏の炭火焼きは欠かせない存在だ。新宿駅近くの県のアンテナショップ「新宿みやざき館KONNE」の杉尾重和さん(52)は、県出身者同士で酒席があるときは必ず地鶏の炭火焼きを頼む。仲間と鶏をつまみながら過ごす楽しい時間が、その味とともに脳裏に刻み込まれるという。

 杉尾さんは「炭火焼きは宮崎の人の心に根付いたソウルフード。県外の人も食べてほしい」。

 取材を終え、またあの懐かしい味に触れたくなった。(堀川勝元)

えびす宮崎料理 てにゃわん

住所:東京都渋谷区恵比寿西1-13-6 ブラッサムZEN 地下1階

電話:03-6452-5262

営業時間:午後5時~午前0時 不定休

■宮崎県

 人口105万人。温暖で日照時間が長く、日向灘に面する約400キロの海岸線に約40のサーフスポットが点在する。畜産や農業が盛んで、ブロイラーの飼養頭数は全国1位、豚は2位、肉用牛が3位(いずれも昨年2月現在)。特産品のマンゴーも有名だ。最近は、宮崎市のギョーザの年間支出額が宇都宮市浜松市をおさえて日本一となったことで脚光を浴びている。

■太陽のタマゴ 1名様に

 宮崎特産で今が旬の完熟マンゴー。その中でも糖度15度以上などの基準を満たした最高級品「太陽のタマゴ」(2個入り、1万2千円相当)を、抽選で1名様にプレゼントします。締め切りは12日。朝日新聞デジタル会員が対象(無料でご登録いただけます)。応募は専用ページ(http://t.asahi.com/gotochi0603別ウインドウで開きます)へ。QRコードからもアクセスできます。

写真・図版