限りなく透明で鮮やかなブルー 山元春挙はなぜ「知られざる」画家に

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田中ゑれ奈
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 「画界の英雄」と呼ばれた往年のスター画家はなぜ、知る人ぞ知る存在に落ち着いたのか。ダイナミックでカラフルな風景画を得意とした山元春挙(しゅんきょ)の生誕150年を記念する回顧展が、大津市滋賀県立美術館で開かれている。

 高山や河川のパノラマに圧倒され、細部に目を凝らせば写真と見まごうリアルさに驚く。鮮やかな発色と高い透明度を兼ね備えた「春挙ブルー」は、どんな技法で描かれたのか、今も解明されていないという。

 京都・円山四条派の門下で修業し、10代で頭角を現した春挙。円山四条派が重んじる写生を継承しつつ、洋画の技法を採り入れるなど独自の写実表現を打ち立てた。とりわけ雪を描くことを好み、各地に写生に出かけてはモチーフにふさわしい雪質を研究していた。

 「雪松図」は、京都画壇の伝統的な画題を近代的に解釈した作品だ。松の葉に積もった雪は白い顔料で描かれているのではなく、背景の金泥の塗り残し。雪そのものに筆を加えることなく、溶けかけた質感やずっしりと枝をしならせる重みまで表現している。

 伝統を血肉にする一方、ハイカラで多趣味だった春挙は、写真や登山にも傾倒した。カメラを担いで弟子たちと各地の山へ登り、複数のスケッチや写真を元にモチーフを柔軟に組み合わせることで「見たまま」ではない風景画を描いた。

 たとえば、春の高山と秋の村…

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