ロシアとウクライナの「記憶」をめぐる戦争 対立の根元にあるもの

有料会員記事ウクライナ情勢

聞き手・岡田玄
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青島陽子さん|ロシア近現代史研究者

 国を挙げた戦いでは、愛国心を高めるために過去の記憶が動員される。だからロシアとウクライナの戦争は記憶をめぐる戦争でもある。一方、国民の記憶を一つにまとめたい権力に対し、国民の記憶は多様だ。そんなせめぎ合いについて、地域の歴史に詳しい識者に尋ねた。

北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター 青島陽子准教授

1973年生まれ。専門はロシア近現代史。現在のウクライナなどを含むロシア帝国の西部境界地域や統治機構などを研究。

交論 記憶と戦争

 ――ウクライナ人意識はどのように形成されたのですか。

 「そもそも、それがロシアとウクライナの対立の出発点とも言えます。ロシア帝国もソ連も多民族国家でした。ロシア人とウクライナ人をその中の別の民族だとする見方と、帝国の中核をなす同じ東スラブ民族だとする見方がありました。しかし、遅くとも帝政期には、帝国や地域支配層のポーランド人に対抗するためにウクライナ民族主義が発生します。帝国当局は統治のためにこれを利用したり抑え込んだりしました」

 ――その後のソ連では?

 「当初は各地の民族主義を称揚する形で社会主義イデオロギーの現地化が図られました。その後は否定され、ロシア語の共通語化などが進められました。ソ連はイデオロギーの国です。階級闘争の末、階級も搾取も民族の違いもないユートピアができる。その最高段階が社会主義社会だ、という歴史理論の中で地域史も考えられていました」

 「ソ連期は、ウクライナ人という意識の上にソ連市民という意識が覆いかぶさり、二つが絡み合っていたのです」

記事後半では、ウクライナで行われた「記憶の国家管理」やその帰結、プーチン政権下のロシアで進む歴史の見直しについて、歴史的事実を踏まえて語られます。

 ――1991年のソ連崩壊で意識は変わりましたか。

 「ウクライナでは新しい国の…

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