「上司の顔色、うかがうような人間には…」聖愛が貫くノーサイン野球

山口裕起
[PR]

 (春季高校野球東北大会1回戦 8日、福島県営あづま球場ほか 青森・弘前学院聖愛5―0福島・学法石川)

 目と目が合うと、互いに軽くうなずいた。

 一回の弘前学院聖愛の攻撃。無死一塁、2番打者の工藤遼大はカウント3ボール1ストライクになると、一塁走者の丸岡昂太郎(こうたろう)をちらっと見た。

 直後の5球目。投球と同時に丸岡が走り出し、工藤はバットを短く持ってスイングする。ファウルになったが、次の球で四球を選んで好機を広げ、先制点へとつなげた。

 ノーサイン野球。

 チームが5年ほど前から掲げる戦術だ。

 試合中、原田一範監督(44)が帽子や胸を触ってサインを出すことは一切、ない。

 狙い球やポジショニングへの助言などはあるが、基本的には、選手たちが自ら考え、バント、盗塁、エンドラン、スクイズなどをアイコンタクトやしぐさで仕掛けていくという。

 エースで4番の葛西倖生(こうせい)は「その時々の状況でどんな作戦が考えられるかを、ふだんの練習から共有しているから、『あっ、この場面はエンドランがあるな』ってみんなが思うんです」。

 うれしそうに続けた。

 「自分たちで試合をつくっていくから、いっそう野球が楽しいんです」

 追加点を奪った六回は、先頭がセーフティーバントで出塁し、次打者はバントの構えから球を見極めて四球。無死一、二塁とし、この日、投手で先発した9番の津川凱(かい)がスリーバントを試みた。

 「緊張したけど、やるしかないと腹をくくった」と、これを決め、好機を広げた。

 原田監督は2001年の創部時から指導にあたる。

 5年ほど前、経営者向けの講演会を聴いたことが転機となった。

 「これからの時代、一球一球、上司の顔色をうかがうような野球型の人間ではダメ」

 講師の言葉にはっとしたという。

 「自分たちで考えることが、きっと選手の将来への力になるはず」とサインを出すことをやめた。

 打席の中での選手たちは、のびやかだ。

 サインを見るために1球1球ベンチを振り返ることもない。

 葛西は言う。「自分のペースで準備ができるし、『打つ』と決めたらそこにすべて集中できるんです」

 そんなノーサイン野球も逆風にさらされてきた。

 実戦経験を積むことで熟成されていくのに、コロナ禍により、チームは他の青森の公立校と同じく、今週末まで県外のチームとの練習試合が禁じられている。

 準優勝した今春の県大会などの公式戦を含め、昨秋から15試合ほどしか経験していないという。

 強豪が集う東北大会は、夏を前に経験が積める貴重な場だ。

 チームは「1試合で3試合分の効果を得よう」と、試合後は宿舎に戻って、スコアブックを見ながら、一回の1球目から課題を洗い出すという。

 原田監督は「今年のチームは、すごく仲が良くて一体感がある。実戦が少ないなかで、よく考えてやってくれている」と話す。

 8年ぶりに出場した昨夏の甲子園は、初戦の2回戦で石見智翠館(島根)に3―4で敗れた。2年生エースとして完投した葛西は雪辱を誓う。

 「もう一度あのマウンドに戻って、自分たちの野球が全国でも通用するところを見せたい」

 そして、こうも言った。

 「考える力を養って、高校を卒業した後も自分で考えて行動できる人間になりたい」

 ノーサイン野球のその先も、見据えている。(山口裕起)

  • commentatorHeader
    稲崎航一
    (朝日新聞編集委員=スポーツ、野球)
    2022年6月10日15時6分 投稿
    【視点】

    同じように成功しているのが、和歌山大学硬式野球部のノーサイン野球です。 ノーサインといっても好き勝手に打つのではない。 選手が作戦をあらかじめ考えて、この場面ならどうする。なぜそうするのか、どうしたら勝てる確率が上がるのか、練習から