その音を聞いたとき、プロボクサーとしての終わりを悟った。
パーン。
はじけるような音だった。
今年1月3日。加藤寿(ひさし)は正月返上で、所属する埼玉県熊谷市のジムで練習していた。その8日後に、今後の選手生活を左右する大事な試合が迫っていた。
実戦練習で、攻めてきた相手の動きに合わせ、後ろに下がった瞬間、左足から大きな音が響いた。
アキレス腱(けん)を断裂すると、周囲にも聞こえるほどの音がするという。
「一瞬、時が止まったような感じがしました」
その時点で36歳6カ月。
国内の規則では、日本ランキングに入っていない選手は、基本的に37歳で「定年」になる。頭部へのダメージが蓄積する競技のため、そこで一つの線を引いているわけだ。
加藤は20歳でデビューしてから、まだ日本ランキングに入ったことがない。
8日後の試合は、ランキングを持つ選手、いわゆる「ランカー」が相手だった。
勝てば、自分が「ランカー」になれる。
その試合がなくなった。
「俺はもう、ダメか。このまま引退かな」
年が明けたばかりで、すぐに入院することもできず、自宅で落ち込んだ。
翌日、ずっと応援してくれている長谷川誠一(まさかず)さん(51)が訪ねてきてくれた。
加藤が20代の頃、長谷川さんの3人の子どもにボクシングの手ほどきをした。それ以来、いつも試合会場に駆けつけてくれる。
長谷川さんが紙袋を差し出した。
開いた口から、すぐに中身が分かってしまった。
加藤はボロボロと泣き出した。
紙袋の中には、オレンジ色の…