第7回政権交代、他弱…与野党区別できない時代に? 戦後政治、野党の歩み

参院選2022

神沢和敬 横山翼
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 野党は「巨大与党」に対抗しようと、時には手をたずさえ、時には与党と手を組み、時にはかたまりとなって政権交代を果たしたこともありました。戦後政治史のなかの象徴的なエポックを取り上げ、野党の歩みを振り返ります。

連載 野党サバイバル 巨大与党との向き合い方

野党が変容しています。迫る参院選での生き残りをかけ、政権と対決する党、融和する党、野党と戦う野党も存在感を増しています。いまの実像に迫り、野党の役割は何か考えます。

55年体制、与野党すみ分けが明確に

 1955年、分裂していた日本社会党(社会党)が再び統一。自由党と日本民主党も合併して自由民主党自民党)が発足すると、憲法改正をめざす保守勢力と、それを拒む革新勢力の「保革対立」による「55年体制」が築かれました。

 当時の国会勢力でみると、自民党が3分の2近くの議席を有し、社会党は3分の1ほど。与野党ですみ分けが明確な政治情勢のなか、自民の各派閥による疑似的な政権交代が繰り返されました。それでも衆院選における投票率は70%前後が維持され、政治に対する国民の関心の高さがうかがえます。神沢和敬

「保革対立」語れない時代

 1993年、日本新党細川護熙代表のもとに「非自民・非共産」の野党勢力が結集。派閥・金権政治への批判が強まっていた自民から政権を奪取し、野党連合政権が誕生しました。

 細川政権は、自民中枢にいた小沢一郎氏らも参画。「新しい保守主義」を旗印にしたこともあり、憲法改正をめぐる「保革対立」では与野党を語ることができない時代が始まりました。

 89年には労働4団体を統一した日本労働組合総連合会(連合)が発足。労働者の立場で政治参画をめざし、野党の最大の支援団体として非自民・非共産の結集を促していくことになりました。神沢和敬

「第三極」台頭、存在感示しにくい時代へ

 2009年、自民から民主党に政権交代したことで「二大政党制」の時代が訪れたかにみえました。

 ただ、まもなく政権運営が行き詰まりをみせると、両党とは距離を置く「第三極」が台頭していきます。09年にはみんなの党が結党。自民離党組のベテランらが結集したたちあがれ日本なども相次ぎ発足しました。

 民主から自民が政権を奪還した12年には、大阪の地域政党を母体とした日本維新の会が国政に進出しました。政治的系譜が異なる野党が乱立する状況は、当時の安倍政権と比べて「1強多弱」と言われ、衆参両選挙では自民が連勝。戦後最長政権を築く一方で、野党は存在感を示しにくい状況に置かれました。神沢和敬

民主の分裂、共産の柔軟姿勢…動く現代野党

 野党は細分化し、憲法改正の是非や思想信条によって「与党」と「野党」に区分けはできない状況になっています。

 民主は今、立憲民主党国民民主党に分裂。ともに連合から支援を受ける「兄弟政党」ながら、政治的方向性は異なっています。

 立憲は野党第1党として、与党側との対決姿勢を強調。国民民主は野党第3党で、野党間の選挙協力では参院選を勝ち抜けないと判断し、政府予算に賛成するなど「与党寄り」の動きを強めて政策実現をめざす方針に転換しています。

 野党第2党は日本維新の会。「野党第1党」を目標に見据え、立憲との対立軸を提示しながら攻勢を強めています。憲法改正に積極的な立場で、与党とも連携しています。

 歴史が長い共産党は、自衛隊を違憲とする立場ですが、「自衛隊活用論」を打ち出すなど柔軟姿勢を示しています。かつて首相を出した社会党を源流とする社民党は、参院選で政党要件を満たせるかが注目されています。(横山翼)

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