第93回ロシアに占拠され、病院にも行けず 僕のお父さんは裏庭に埋められた

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ボロジャンカ=高野裕介
【動画】ロシア侵攻からの避難生活を送った地下室とは=矢木隆晴撮影
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 父は病院に行くことも、治療を受けることもできずに死んでいった。亡きがらは、自宅の裏庭に埋葬された。

 11歳のミハイロ・グラック君は3月26日の夜、父のオレクサンドルさん(65)を失った。たった一人の家族だった。

 ウクライナの首都キーウ(キエフ)の北西約50キロにあるボロジャンカ。激しい戦闘で多くの住民が犠牲になったこの街で、ミハイロ君はオレクサンドルさんと2人で暮らしていた。

 2月24日のロシア軍の侵攻後、自宅に地下シェルターのなかった2人は近所の家に避難した。ジャガイモや野菜の酢漬けの貯蔵庫だった約4メートル四方の地下室で、この家の男性と3人で川の字になって寝起きした。約1カ月間、寒さに耐えるため防寒着を着込んで眠りについた。

 暗い気分にならぬよう、チェスやカードゲームで遊んだ。1日に1回、10~15分だけ発電機を使ってテレビのニュースを見た。

 3月23日はオレクサンドルさんの誕生日だった。ケーキは用意できない代わりに、クッキーを食べた。オレクサンドルさんは酒を飲まないが、どこからか手に入れたテキーラで、近所の人たちがささやかに祝ってくれた。

 その3日後だった。朝食の支…

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    清川卓史
    (朝日新聞編集委員=社会保障、貧困など)
    2022年6月21日10時36分 投稿
    【視点】

      戦禍のなかで親を失う子どもたち。いまから七十数年前、戦後日本の戦争孤児たちのなかには、預けられた親戚宅や養父母宅で虐待的な仕打ちを受けたり、「浮浪児」と呼ばれて犯罪者予備軍のように白眼視されたりする子どももいました。多くの子どもが路上で

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