原発事故は仕方なかったのか? 「思考停止」容認した最高裁判決

有料会員記事

編集委員・佐々木英輔
[PR]

 もしかして、原発事故への不安を高め、運転のハードルを上げようとしているのではないか。東京電力福島第一原発事故をめぐり国の賠償責任を認めなかった最高裁判決は、そう思いたくなるような内容だった。

 4月にあった最高裁の弁論を傍聴した。福島県帰還困難区域から千葉県に避難した原告の小丸哲也さん(92)は「人生をかけて築き上げてきたものを80歳にして全て失った。このような不条理がありますでしょうか」と無念の気持ちを訴えた。

 4人の裁判官は、小丸さんをじっと見つめて耳を傾けていた。

 5月の弁論後にあった記者会見には、高校生と中学生の姿もあった。愛媛県に避難した原告男性の長女と次女で、事故発生時は6歳と2歳。「少しでも私たちの思いが届いてほしい。納得できる形の判決を」と長女は語っていた。裁判の途中で亡くなった原告や支援者もいる。11年あまりの時の流れを感じざるを得なかった。

 いまだ人の住めない土地は残り、終わりの見えない後始末が続く。これほどの事故を招いたのはどこに問題があったのか、国は役割を果たしていたのかが問われた裁判だった。各地で審理を積み重ねたうえでの最終結論が「対策してもしなくても、事故は防げなかったから国に責任なし」では、あまりに救いがない。

 判決は、焦点だった地震予測の信頼性や、国が対策を求めなかったことの是非には触れなかった。当時の原子力界の狭い「常識」をもとに、「もし対策を取っていたなら、こういう防潮堤を造ったはず」といった仮定を重ねて結論を導いた。

 しかし、事故調査や裁判を取…

この記事は有料会員記事です。残り520文字有料会員になると続きをお読みいただけます。

【7/11〆切】スタンダードコース(月額1,980円)が今なら2カ月間無料!詳しくはこちら