唐池恒二の人・街づくり 名外相・小村寿太郎と飫肥のまち

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構成・加藤裕則
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 コロナ禍で九州・山口の観光や地域振興は大きな影響を受けました。再出発に向け様々な課題が浮かび上がっています。人材育成や街づくりなどに関わってきたJR九州の前会長でいまは相談役の唐池恒二さん(69)に、幅広く語ってもらいます。

 ロシアがウクライナへの軍事侵攻を続けています。今から117年前のことではありますが、ロシアと世界史に残る外交交渉を成し遂げた人物が九州にいます。

 宮崎県出身の小村寿太郎です。1905年、外相として米国のポーツマスでロシアと約1カ月の激しい交渉の末、15条に及ぶ講和条約を結びました。

 当時、日本は疲弊していました。兵も武器も資金も底を突いていました。しかし、国民は実情を知りません。日本は樺太(現サハリン)の南側を得ましたが、賠償金を取ることができなかった。民衆は不満を爆発させ一部が暴徒化しました。群衆は小村の官舎にも押しかけました。

 からいけ・こうじ 大阪府出身。1977年に京大法学部を卒業し旧国鉄に入る。87年にJR九州に移り、総合企画本部長などを経て2009年6月に社長。14年に会長、22年4月に相談役。デザイン性の高い観光列車の開発に関わった。九州観光機構の会長として情報発信にも力を入れる。

 小村はこうなることを知って…

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