相撲ダメならアメリカ留学? 元横綱、鶴竜親方がファンに語った秘話

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構成・松本龍三郎
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 昨年春場所中に現役を退いた大相撲の第71代横綱、鶴竜親方は来年6月に引退相撲を控える。髷(まげ)がある姿を見られるのは、あと1年弱だ。今年5月の夏場所中にはファン向けのトークイベントに臨み、引退後の心身の変化や自身の相撲観、入門時のエピソードなど、幅広いテーマについて語った。

 ――引退して食べる量に変化は?

 「それはもちろんありますね。現役と同じくらい食べていたら、病気になるなと思って。本当はもう、すぐにでも痩せたいんですけど、最後に引退相撲(6月3日開催予定)で土俵入りをやらないといけないので、そのためにちょっと落としすぎるのもダメだなと。ちょくちょく運動もしながら、食事はある程度制限しながら。現役のときから、ちょうど10キロ痩せたぐらい。147キロぐらい。(衰えは)足からくるね、足の筋肉がつかめる。前は(筋肉が張っていて)つかめなかったのに(笑)」

 ――テレビやネット配信の相撲解説で気をつけていることは?

 「慣れてきたけど、ただ毎回ちょっとここがダメだったとかっていう感じはありますね。相撲は自分がやってきたことですからね、分かるところはアレなんですけど、見ている人に分かりやすくっていうのは大事なのかなと思いますね」

 ――将来は自分の相撲部屋を持ちたいですか?

 「そうですね。部屋をもって、弟子が育つっていうのが親方としての目標になっていますんで。そのためには、まず引退相撲からなので。それこそ、髪切って初めて、親方っていう名前になれるんじゃないかと。まだ髷がついているから、いまひとつなんだよね。まだ名残が残っているような感じがします。知らない人は『お相撲さん、お相撲さん』って呼びかけますもんね、髷がついているから」

鶴竜親方はこんな質問に答えています

可能性がある相撲素人を見抜くポイントは?▼入門する際の両親とのエピソードは?▼日本に来て、最も驚いたことは?▼相撲の好きなところは?▼相撲でなければ、どの道に?▼生まれ変わったら何になりたい?▼髷を切った後の髪形は?

 ――どんな力士を育てたいですか?

 「どんな、というよりその子の能力を最大に生かす指導をやっていきたいなと思います。自分がやってきたことをぶつけるんじゃなく、この子は何をやったらいいのか、この子はどういう技、どういうものを磨いたら強くなるのか、そういうことを教えていければいいのかなと思いますね」

 ――相撲素人の子で強くなるかどうかは、どのポイントを見るんですか?

 「最初に見るのは、何かを指導して、それをすぐにできているかどうかっていうのはすごく判断になる。覚えが早いし、言われたことをできるっていうのは体の使い方もうまいっていうことにつながるし、運動神経が良いっていうことにもなる。あとは素直さ。言われたことをちゃんとやろうとするっていうところも、すごく大事なところ。まずはそこ。まずは、こういうふうにやってみてと言われて、それをすぐにやってできるっていうのは、すごく期待が持てるのかなと思います」

 ――入門する際の両親とのエピソードは。

 「ありますね。よく聞かれるんですけど、『親はよく許したね』とか、『よく反対しなかったね』って。よく聞かれたんですけど。それこそ、自分の夢のために『おう、(日本に)行ってこい』って、特にお父さんの方は。小さい子どものころからすごく言われていたのが、『本当に一度の人生だ』と。良い人生を送るために一生懸命努力して、とにかく良い生活というか、もっと良い人生を送らなきゃいけないって。お父さんは大学の先生なのですが、周りはなんで(鶴竜親方は)先生にならなかったんですか?とか、そういう選択はなかったんですか?っていう質問はけっこうあったんです。けど、お父さんは、『俺と同じ道にいくな』って。先生になっても、普通の人生で終わってしまう。お父さんの価値観は今の時代とは違うと思いますけど、やっぱり良い家に住んで、良い車に乗らなきゃいかん、と。そういうものにすごく憧れがあったんですかね。とにかく良い人生、もっとお金を稼いで、良い人生を送らなきゃいけないというのが、すごくあったので」

 「そういう意味では、出稼ぎ根性じゃないですけど、まあとにかく強くなって、親に楽をさせてあげたい、仕送りしてあげたいとか、そういう気持ちで最初は日本に来たのかなと思います。お父さんがもうスポーツ大好きで、若いときにはボクシングとかやったりして、でも体がついていけなくて。スポーツが合わなくなって、それで先生になる道を選んだようです。だから、自分の子どもが生まれたら、男の子が生まれたら、絶対スポーツ選手になってほしいっていう。その時から願いじゃないですけど、ある意味、お相撲さんになったっていうのは、お父さんの夢をかなえたっていうのはありますね。両親は、スポーツで自分の好きなものをやることに対してすごく賛成してくれた」

 ――日本に来て、最も驚いたことは。

 「やっぱり何だろ、街のキレ…

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