閉ざされた扉、開くか 首里城地下、旧日本軍の司令部壕を保存公開へ

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山中由睦
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 那覇市首里城の地下にある、77年前の沖縄戦を指揮した日本軍の司令部壕(ごう)を、沖縄県が保存・公開する方針を決めた。今年度、中枢部につながる坑道の調査に乗り出す。壕の一部は謎に包まれており、「沖縄戦の実相が見える」と期待が寄せられている。

 壕は首里城の地下30~40メートルにある「第32軍司令部壕」。南西諸島の防衛を担った日本軍の第32軍は、周囲の戦況を把握できる高台で、米軍の攻撃に耐えられる固い地層だったことなどから、1945年3月までにこの壕を構築した。

 米軍や県の調査によると、総延長は約1キロ。坑道と坑口(出入り口)がそれぞれ五つあり、司令官室や炊事場など30以上の部屋や区域が設けられていた。司令部が沖縄本島南部に撤退するまで、多い時は約1千人が生活していたとされている。

 撤退する際、日本軍は機密書類などを隠蔽(いんぺい)するため壕内を爆破し、あちこちで崩落が起きている。安全性の確保などが課題となり、今まで放置されてきた。

当時の壕の内部の様子や、保存・公開する意義について、沖縄戦を体験した方や学識経験者にも取材をしました。記事の後半で紹介します。

 2019年に首里城の正殿や…

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