高校野球茨城大会の見どころ解説 同ブロックに明秀日立と鹿島学園

西崎啓太朗、古源盛一
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 7月9日に開幕する第104回全国高校野球選手権茨城大会(県高校野球連盟、朝日新聞社主催)の組み合わせ抽選会が22日、水戸市のザ・ヒロサワ・シティ会館であった。二つの連合チームを含む93チーム(参加96校)が出場する。

 抽選会では、各チームの主将が、伏せた番号札を引いていき、組み合わせを決めていった。

 春の選抜大会に出場し、昨秋と今春の県大会で優勝している明秀日立は、鬼怒商と江戸崎総合の勝者と13日に初戦を戦うことが決まった。石川ケニー主将(3年)は「春夏連続で甲子園に出ることが目標。まずは目の前の一戦を必死に戦い、初めての夏出場を獲得したい」と意気込んだ。

 昨夏に初優勝した鹿島学園の堀之内巴琉(はる)主将(3年)も「まずは1勝。上を見ずに一つ一つ勝ち上がっていきたい」と語った。

 つくば秀英は春の県大会で準優勝し、関東大会にも初出場した。野川唯斗主将(3年)は「投手が投げきる、攻撃ではもっと足を絡めるといった課題が春にはっきりした」という。「自分たちの力が発揮できれば負けない。その気持ちで臨む」と闘志を燃やした。

 今夏は、新型コロナウイルス対策としてアルコール消毒やマスク着用などを徹底したうえで、全試合を有観客とし、人数制限は設けない。声を出す応援は禁止だが、チアリーディングや、50人以内のブラスバンドの演奏はできる。

 主催者あいさつで、県高野連の深谷靖会長は「スタンドには学校の仲間たちの熱い思いやブラスバンドの応援が戻ってくる。感染防止を第一に考えながら野球をしてほしい」と述べた。朝日新聞水戸総局の池田敦彦総局長は「コロナ禍が続き、さらに世界に目を転じれば戦争も起きている。野球をできる喜び、見ることのできる喜びを、ともにかみしめたい」と話した。

 会場は、ノーブルホームスタジアム水戸(水戸市)、J:COMスタジアム土浦(土浦市)、ひたちなか市民球場(ひたちなか市)、日立市民球場(日立市)、笠間市民球場(笠間市)の5球場。入場料は800円で、高校生以下は無料。高校生は学生証の提示が必要。

 全出場チームが集まる開会式は行わないが、代わりに9日のノーブルスタ水戸での第1試合(中央―那珂湊)の前に、簡易な形の開始式を開く。

 優勝チームは、8月6日に阪神甲子園球場兵庫県西宮市)で開幕する選手権大会に出場する。(西崎啓太朗、古源盛一)

Aブロック 明秀日立が頭一つリード

 春の選抜大会に出場した明秀日立と、昨夏王者の鹿島学園が同じブロックに入った。

 明秀日立は頭一つ抜けている。最速140キロ超右腕のエース猪俣は制球力が高く、粘り強い。打線は石川や佐藤、小久保ら好打者がそろう。

 鹿島学園は高久や船田、羽鳥ら甲子園経験者が残り、総合力が高い。日立一打線は石原、酒井、保に力がある。竜ケ崎一は好右腕坂本が巧みな変化球で試合をつくる。

Bブロック 春に激闘 水戸商・水城が軸

 春の県大会準々決勝で対戦し、1点差の接戦を演じた水戸商と水城が軸になる。

 水戸商は、最速140キロ超の本格派右腕平山がチームを引っ張る。鯨岡と関谷の二遊間も堅く、引き締まった試合ができる。水城の左腕大塚は落ち着いた投球ができ、完投する力がある。小林や小口ら好機に強い打者もそろう。

 昨秋と今春の県大会8強のつくば国際大、機動力を駆使する境も上位をうかがう。

Cブロック つくば秀英など戦力拮抗

 つくば秀英、常磐大、霞ケ浦を中心に、戦力が拮抗(きっこう)したチームがひしめく。

 春の県大会で準優勝したつくば秀英は勝負強さが際立つ。武田や吉江、棚井らの打線に切れ目がない。常磐大は、冬場に急成長し、140キロ超の速球とスライダーを操るエース田中に注目だ。

 霞ケ浦は、右腕の赤羽と木村、左腕山田ら好投手がそろっている。水戸啓明、水戸葵陵にも力がある。

Dブロック 土浦日大追う藤代、下妻一

 昨秋と今春の県大会で4強入りした土浦日大を筆頭に、藤代、下妻一が上位を狙う。

 土浦日大は、山田と河野の両右腕の安定感が際立つ。吉次や香取をはじめ、強打者も多く、総合力が高い。

 藤代は、速球と変化球を巧みに投げ分ける左腕のエース新関の調子がカギ。下妻一は石川や倉持ら好打者が並ぶ。

 初出場の日本ウェルネス茨城は科技学園日立とぶつかる。その戦いぶりも注目だ。

初出場の日本ウェルネス茨城 1年生チーム「フレッシュに」

 茨城大会に初出場する茨城県笠間市の日本ウェルネス茨城は、科技学園日立と対戦することが決まった。今年4月に開校したばかりで、部員16人はいずれも1年生。長谷川祐太主将は抽選会後、「フレッシュに元気よくプレーしたい」と意気込んだ。

 長谷川主将は、福島県喜多方市出身。中学時代は明秀日立のエース猪俣駿太投手(3年)と同じ喜多方ボーイズに所属していた。ウェルネスの蛭田湧斗監督に「1年目から試合に出て、甲子園をめざせるぞ」と言われ、入部を決めたという。7月10日の初戦には遊撃手として出場する予定だ。「初めての大会で緊張すると思うんですが、目の前の試合を全力でやっていきたい」

松田貴さん(高萩清松)に育成功労賞

 高校野球の発展と選手育成に貢献した指導者に、日本高校野球連盟と朝日新聞社が贈る「育成功労賞」に、茨城県内からは高萩清松高校教諭の松田貴(たかし)さん(61)が選ばれた。松丘(現高萩清松)や多賀で約28年間、監督や部長として指導し、県高野連の審判部長も務めた。

 日立市で生まれ、東海村で育った。小学生の頃から野球を始め、高校時代は多賀の三塁手として、1年生から大会に出場した。

 なかなか勝てなかった。3年生だった1978年夏の茨城大会は、2回戦で取手二から先制点を奪ったが2―4で敗れた。取手二はその年、2年連続で茨城大会の頂点に立った。

 甲子園は夢で終わった。今度は指導者としてめざすことにした。国士舘大に進み、野球を続けながら保健体育教員免許を取った。

 83年、野球部がない松丘に赴任。すぐにチームをつくったが、当初は生徒会の規定で、正規の部活動ではなく同好会扱いだった。

 10人以上で1年間野球を続けることが、部活動として認められるための条件だった。1、2年生だけでは足りず、3年生数人も加わった。3年生に「甲子園の道はないぞ」と伝えると、「それでも協力したい」と率先してグラウンドの石拾いや草刈りをしてくれた。

 「あの子たちがいなければ、野球部はつくれなかった。指導者としての原点で今でも忘れられません」

 翌84年、部活動になり、初代監督に就任した。創部10年目の93年には秋の県大会で4強入りした。プロ野球や大リーグで導入されていたウェートトレーニングを他校に先駆けて採り入れたことも功を奏した。選手には常に「元気よくやろう」と声をかけていた。

 96年からは、母校の多賀で監督や部長を務めた。県大会では何度も強豪校を破り、2008年夏の茨城大会で8強に入った。

 審判委員としても高校球児を支えた。「さあ元気出していくぞ」「頑張っていこう」。攻守交代時には選手に積極的に声がけし、円滑な試合運営に努めた。

 09年の選抜大会では派遣審判委員に選ばれ、甲子園でもジャッジした。「最近の高校野球はルールの変更がめまぐるしいが、選手には純粋に野球を楽しむ姿勢を持ち続けてほしい」