博多一口餃子のルーツとは 食の交差点が生む美味 食材に工夫こらし

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編集委員・大鹿靖明
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現場へ! 福岡はすごか③

 1皿600円の餃子(ぎょうざ)がミシュランガイド福岡・佐賀・長崎2019特別版に載っている。

 福岡市の歓楽街、中洲にある宝雲亭の博多一口餃子。ふつうの餃子より一回り小さい福岡名物の「一口餃子」は、昭和24(1949)年創業の、この店が発祥である。

 「創業以来ずっとこの形です」と3代目店主の山田隆博(65)。ほおばると、タマネギの甘さと、牛と豚の合いびき肉の餡(あん)のうまみが口の中に広がる。一度食べるとやみつきになる。小説家の檀一雄が著書「美味放浪記」で取り上げ、ミシュランや食べログが太鼓判を押す名店である。

 ニンニクは入れない。「中洲で働く女性がお客さんに多いこともあってね。においを敬遠するでしょ」と山田。ラー油ではなく、特製の赤いゆずこしょうで食べるのが流儀だ。

 創業者は真武(またけ)信幸(故人)という人物。福岡の修猷館(現修猷館高校)卒業後、旧満州中国東北部)に渡り、蒙古実務学院で日本語を教えた。餃子はそのとき覚えた蒙古風のものだった。戦後の福岡市長になる元玄洋社社長の進藤一馬に傾倒。政治家を志し、店を山田の父に譲って市議選に出たが、落選した。

 その後インドネシアのバリ島で11年間、農業と日本語を指導する塾を主宰した。真武と親交のあった福岡県議古川忠(73)は「大陸浪人の雰囲気を漂わせていた」と述懐する。

 小さな一口餃子は、大陸雄飛を夢見た男が中国大陸から持ち込んだものだった。のれん分けなどで他にも広がり、福岡市によると2022年2月時点で人口10万人あたりの餃子店数は21大都市で浜松市に次ぐ2位だ。

 同じように朝鮮半島から引き揚げてきた川原俊夫(故人、ふくや創業者)が後に「博多名物」となる明太子(めんたいこ)を生んでいる。もつ鍋や豚骨ラーメンもアジア各地に由来し、福岡で進化した。

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