戦時下の記者、那覇への赴任前 周囲に語った「覚悟」と家族の反応

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編集委員・谷津憲郎
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 朝日新聞那覇総局の総局長席の机の下には、1枚の古い社旗が眠っている。

 1945年の沖縄戦で殉職した支局長、宗貞利登(むねさだとしと)(当時44)が戦火の中を持ち歩いた「遺品」として引き継がれてきた。

 沖縄戦に参加した元米海兵隊員が95年に「地下壕(ごう)から戦利品として持ち去ったが、気になっていた」と返したものだ。重要保管と貼り紙された箱を開けると、77年前のものとは思えない鮮やかな色が目に飛び込んでくる。

 記者もかつて沖縄に赴任した。遠い先輩は、壕の中から何を見つめ、どう報じたのか。跡をたどった。

「どたん場になってからも本能的に原稿用紙に…」

 45年5月…

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