第1回「船を出したらダメだ」3日連続の忠告 それでも船長は港へ向かった

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 「船を出したらダメだ」

 北海道斜里町で観光船業に携わる男性は4月21日、知床遊覧船が運航する「KAZUⅠ(カズワン)」の豊田徳幸船長(54)にそう強く迫ったという。

 カズワンにとって今季初めての出航が2日後に迫っていたが、当日は天候が悪化するとみられていた。

 22日も沈没事故当日の23日も、男性は出航しないよう豊田氏に忠告した。

 最後は声を荒らげるほどだった。しかし、豊田氏の反応は薄かったという。

連載「ルポ知床事故 証言からたどる」(全3回)

 北海道斜里町の知床半島沖で観光船が沈没した事故。船が出航する前に何が起きていたのか。海上保安庁は地元関係者への聞き取りで何を調べているのか。関係者の証言からたどる。

 男性が豊田氏に対して最初に忠告した21日、斜里町ウトロの高台にある「漁村センター」1階ホールでは、観光船事業者と漁協関係者らが集まる「情報交換会」が開かれていた。観光船のシーズン前に毎年開かれ、運航や操業の予定、海上の安全について意見を交わす場だ。

 席上には、知床遊覧船の桂田精一社長(58)の姿があった。複数の出席者によると、会議に遅れてやってきた桂田氏は黙って座るだけで、一言も発しないまま会議を終えた。

地元出身の観光船社長 早々にしぼんだ期待

 情報交換会が始まったのは2015年。知床が世界自然遺産に登録された05年前後、観光船事業者による客引きや押し寄せる観光客でウトロ漁港周辺は混雑した。漁業者側からは「通行の妨げになる」といった相談が頻繁に町に寄せられていた。

 「観光船業を営む人の多くは、道内の別の場所からやってきて開業した。地元住民からすれば『よそ者』だった」。当時を知る町の関係者はそう振り返る。

 複数の地元関係者によると、橋渡し役として期待されたのが桂田氏だった。

 情報交換会が始まった翌年の16年、桂田氏は知床遊覧船を買い取り、観光船事業に乗り出した。

 桂田氏の父・鉄三氏は、斜里町で観光業「しれとこ村」を立ち上げ、町議を5期20年務めた。桂田氏は、その鉄三氏から会社を引き継いだ。「地元出身者が観光船事業に参入し、漁業者との対話が進むと期待した」と町関係者は打ち明ける。

 だが、そうした期待は早々に…

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