忘れられない慟哭 ともに見た「天に続く道」 家族支え続けた町職員

戸田拓
[PR]

 知床半島沖の観光船事故は北海道斜里町で起きた。町職員は語る。事故と向き合い、乗客の家族を支えた日々を。

 「ドアの外にいても、いま対面したんだ、とすぐわかる声だった」

 保健福祉課長の玉置創司さん(45)は発生直後、遺体が安置されている町営体育館に響いた家族の慟哭(どうこく)を決して忘れることができない。23日で事故から2カ月が過ぎたが、玉置さんは「今も見つからない遭難者の家族の悲しみに区切りはない」と言う。

 保健師で保健福祉課保健担当主幹の茂木(もぎ)千歳さん(56)もこう明かす。「平常業務に復帰しても、献花台を見ると思いはあの日々に戻る」

 茂木さんは、同僚職員から聞いた知床の名所にまつわる話が強く印象に残っている。通称「天に続く道」。年2回、春分と秋分の日の頃に、峠に通じる道の先に夕日が落ちる絶景だ。

 職員は、息子が行方不明になったままの家族を乗せて公用車で体育館方面に向かっていた。道中、家族は道ばたの「天に続く道」の看板を見つけると、声に出して読み上げた。

 その時、職員はふと思い立った。

 「旅行で来られた息子さんは、きっと立ち寄られたと思います」と家族に呼びかけ、「天に続く道」へ向かった。到着すると、家族は車を降りて職員に携帯を渡した。「たぶんここは、息子が来たであろう場所。写真を撮ってください」。家族はそう頼んだという。(戸田拓)