第6回定型句では語れないヤマトとの距離 「ただいま、沖縄」の旅を終えて

有料記事沖縄・本土復帰50年

安田桂子
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 「沖縄の心」とはなにか。

 沖縄保守の重鎮で、自民党衆院議員や沖縄県知事をつとめた故・西銘順治(にしめじゅんじ)さんは、本土復帰から13年がたった1985年、記者に問われて答えた。

 「ヤマトンチュー(大和人)になりたくて、なりきれない心」

 本土と同じようになりたいと願いながら、沖縄の独自性を誇らしく思う。沖縄を論じる場面でたびたび引用されてきたこのフレーズが話題にのぼったのは、わたしが地元沖縄での取材をあらかた終えて東京へ帰る5月18日、車中でのことだった。

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沖縄が本土に復帰して、今年5月15日で50年を迎えました。復帰10年後に那覇市で生まれ育った記者が、地元にかえり、身近な人たちに話を聞きながら、本土復帰とはなんだったかを考えます。

 両親とランチに出かけ、豚の腸や胃、シイタケなどが入ったすまし汁の「中身汁(なかみじる)」を食べた。わたしが好きな郷土料理のひとつで、東京ではなかなか食べられない。

 「下ごしらえが大変なのよ」とこぼしつつ、母(69)が作って赴任先に送ってくれたこともあった。

 父や母が子どものころ、中身汁を食べるのは、法事のときぐらいだったらしい。沖縄そば、チャンプルー、イモ……と話はころがり、「沖縄の心」にいきあたった。

 沖縄の未来を、沖縄の人たちで決めることができない。

 そのしんどさを訴えると、本土からは「またか」「甘えている」と、受け流したり、突き放したりする視線が向けられる。

 こうした状況を踏まえれば、西銘さんの残した言葉は、多くの県民にとっていまなお、過去のものではない――。

 そんなことを頭の片隅に浮かべつつ、助手席の父(69)に西銘さんの言葉に共感するかたずねた。

 「そうでもないな。ヤマトンチューと一緒という感覚」

 「そう。そこから(西銘さん…

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