絵筆で人生を描いて 資金尽きかけたが…札所が前払い

聞き手=田中彰・元朝日新聞記者
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「平成のふすま絵師」 浜田泰介さん 15

 【滋賀】「平成のふすま絵師」として手掛けた初仕事が大覚寺京都市右京区)。納めた図柄の中に、琵琶湖でのウィンドサーフィンを描き、「遊盛夏」と題しました。6枚のふすまで構成、幅534センチ、高さ168センチの大作です。

 花鳥風月が主流のふすま絵としては奇抜すぎると寺側には映ったようです。違う見方をしてくれたのが若者。京都高島屋で披露したところ、修学旅行生に「カッコいい」と評判に。若者に受け入れられたのを聞いて、寺側も納得してくれたようです。

 そんな舞台裏をよそに、「大覚寺に平成の障壁画が完成」と報じた新聞を見て、私の自宅を訪れた高僧がいました。真言宗醍醐派の総本山・醍醐寺(京都市伏見区)で今、座主を務める仲田順和(なかだじゅんな)さんです。「みなさんに絵を見せる寺にしたい」と頼まれました。

 醍醐寺は豊臣秀吉の「醍醐の花見」で舞台になった場所。金堂、五重塔など数々の建造物が国宝に指定され、1994年に世界遺産に登録された名刹(めいさつ)です。

 障壁画の依頼があったのは歴代座主が居住する三宝院。こちらにも国宝の唐門や表書院があり、母校の大先輩で文化勲章を受章した堂本印象(1891~1975)もふすま絵を残していました。心が躍りました。

 玄関周りのふすまに絵を描いてほしいと始まった話でした。描き進めるうちに、「ふすまの裏もあります」「その横もあります」。描く数が寺からの要請でどんどん増えていくのです。

 そのうち堂本先生が描いたふすまの紙が裂けたのです。戦前に手がけたため紙質がよくなかったようです。「浜田さん、代わりの絵を描いてほしい」

 寺から画料を前払いでもらっていましたが、全額寄付して自腹で取り組んでいました。元からあったふすまは骨が細くて持ちそうにもない。1枚新調すると数十万円、さらに絵の具代がかさみます。途中で手持ち資金がつきかけました。

 救いの手を差し伸べてくれたのは四国八十八カ所の札所のお寺。真言宗との縁でふすま絵の仕事が舞い込みました。まとまった額が前払いで入り、ほっとしました。

 醍醐寺では境内の桜と紅葉を中心に6年がかりで120面のふすまに描きました。(聞き手=田中彰・元朝日新聞記者)