台湾から青森へ…海を渡った球児 八戸学院光星の趙崇廷・学生コーチ

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 台湾から青森へ。甲子園を夢見て、海を渡ってきた球児がいる。八戸学院光星の学生コーチ、趙崇廷(チョウソウテイ)君(3年)だ。

 出身は古都の台南市。中学時代は捕手で、三塁手もできる4番打者として活躍した。2019年夏の甲子園をテレビで見て、強打でベスト8に勝ち進んだ「KOSEI」のユニホームにあこがれた。父の友人が、同校の仲井宗基(むねもと)監督の大学の先輩という縁があり、翌年4月に入学した。

 当時、日本語は習い始めたばかり。新型コロナの影響で、帰郷もかなわなかった。思いをうまく伝えられないつらさとホームシックが重なり、涙した夜もある。でも、めげなかった。「優しく接してくれる仲間がいたから」

 めざしたのは正捕手。中学では配球のうまさが評価された。「キャッチャーの魅力は『グラウンド上の指導者』と言われること。打者の狙いを読み取って投手に伝えたり、野手に守備位置を指示したりする。自分の長所のリード力を、光星で生かしたかった」

 1年の冬。生まれて初めて雪を見た。グラウンドは一面の銀世界。「めっちゃきれい。夢みたいだ」。寒さにも自分にも負けまいと、足腰のトレーニングに励んだ。スクワットで担げる重さは100キロから160キロに増え、打球の速さがグンと増した。

 捕球の腕も磨くため、打撃マシンの球速を140キロにして捕る練習を重ねた。ミットを揺らさずに受け止める力がついた。

 それでも、ほかの捕手たちに追いつけなかった。投手とのコミュニケーションも、日本語の壁を乗り越えるのは難しかった。

 「野球が好きな気持ちはみんなと同じ。でも、能力の差が見えました」。仲間と競うより、支え役に回ったほうがチームのためになると決心した。今年2月、仲井監督に伝えると、いったんは引き留められたが、チームを優先する気持ちは変わらなかった。

 3月から、練習の手助けに専念する学生コーチを務めている。ダッシュのときに笛を吹いて合図したり、部員の求めに応じてノックをしたり。部員170人を超える大所帯。補佐役は欠かせない存在だ。

 5月の春の県大会の前。内野手たちから自主練習のノックを頼まれた。すると、冬のトレーニングの思わぬ効果に気づいた。鋭い打球を打つことで、実戦に近い練習となった。自分のためだったトレーニングを、仲間のために生かすことができた。

 県大会は3位。計4試合のうち、内野手の失策は3と少なかった。「ノックで少しでも役に立つことができたのかな」。そう思えて、うれしかった。

 最後の夏。スタンドで一生懸命、応援するつもりだ。「学生コーチを経験して、仲間の努力のすごさがわかりました。頑張ってきたみんなと一緒に、優勝を取りたいです」

   ◎

 第104回全国高校野球選手権青森大会(県高校野球連盟、朝日新聞社主催)が7月8日、開幕する。参加する50チームのそれぞれに、仲間のために奮闘してきた球児がいる。この夏にかける思いを紹介します。(渡部耕平が担当します)