「いい国」つくるのは誰? 平家が鎌倉幕府に先駆けた政治のしくみ

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宮代栄一
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 1192(いい国)つくろう――と、ある世代まで刷り込まれた鎌倉幕府の成立年の揺らぎは、「幕府」の定義を巡る学界での議論が背景にある。源頼朝の征夷大将軍任命をもって幕府が成立したという前提でないとすれば、日本初の武家政権は……

 『平家と六波羅幕府』の著書がある高橋昌明・神戸大名誉教授によると、「幕府」の語源は中国で出征中の将軍が戦陣に幕を張って軍営としたことによる。今のような「武家政権」という意味で使われるようになるのは幕末以降で、徳川政権を「公儀」に代えて「幕府」と呼ぶようになった。

 決定打が、帝国大学国史科の教科書として明治23(1890)年に刊行された『稿本国史眼』だ。鎌倉、室町、徳川の3政権のみを幕府とし、成立には征夷大将軍への任命が必須とひもづけた。

 しかし、高橋さんは、頼朝は後に征夷大将軍の辞表を提出しているし、2代頼家が家督を継いだ時は左近衛中将であり、鎌倉政権初期には、トップが必ずしも征夷大将軍である必要はなかったという。「現在言われている幕府という語は、歴史学者たちが国家的権限を備えたある存在をそう呼ぼうと決めたからに過ぎない」と断じる。

 鎌倉幕府の成立年にも影響す…

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