シンガーソングライターとしてプロデビュー 元県立高校校長の挑戦

山下龍一
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 【栃木】今年3月末で県立壬生高校の校長を定年退職し、4月にプロの歌手としてデビューした。「教師は生徒の伴奏者なんだ」。そんな気持ちで40年近く教壇に立ってきた。そこから離れた今も、自分で作詞作曲した歌に、悩める若者へのメッセージを込めている。

 黒いシャツ姿でギターを抱えて歌うスタイルで、活動名は「コミネシゲオ」。音楽配信サイトで曲を有料配信し、ユーチューブの自分のチャンネルでも発信している。

 ギターを始めたのは小学生の頃。長渕剛吉田拓郎に憧れた。その一方で、高校でボクシング、大学で空手に取り組んだ。卒業後、地歴・公民の教員として県立高校に38年間勤め、定時制高校養護学校も経験した。体育会系の経験を買われてか、生徒指導を担当した期間が長かった。「しかりつけるのではなく、子どもたちにどう寄り添うかが大事。『頑張れ!』のかけ声だけでは通用しない。そばにいる安心感が大事だ」

 現在のレパートリーは70曲。例えば「スプリング ハズ カム」には、つまずいても必ず春は来るという、生徒へのエールを込めた。「ナイト」は定時制高校生の日々を描き、時に大人に反発して荒れる生徒の心に、寄り添う内容だ。

 趣味として作詞作曲をしてきたが、2016年ごろ、プロの編曲者であるコウダタカシ氏と友人を介して知り合い、本腰を入れるようになった。18年以降、CDアルバム4枚(計36曲)を制作した。

 教員には兼職制限があり、営利を得る活動はできないため、CDは無料で友人らに配った。壬生高校で17年に教頭、20年に校長となり、退職まで、音楽活動をしていることは一部の人を除いて内緒にしていた。

 ただ、昨年3月の卒業式で、自作の「ストローク」という曲が卒業生を見送る場面で流れた。過去を振り返りながらも、これからをたくましく生きていこうという歌。小峰さんの活動を知る教職員の計らいによるサプライズだったという。

 今春、65歳まで勤続可能な再任用の道ではなく、60歳での定年退職を選んだ。確かな収入は途絶えたが「音楽の道で夢追い人として生きる姿を教え子たちにも見せたかった。あくまでオリジナル曲にこだわりたい」と話す。7月24日、小山市のライブハウスで、コロナ禍が始まって以来久しぶりに知人の前でステージに立ち、生演奏を披露する予定だ。(山下龍一)