ひ孫世代に届ける白球 「手が十分に動くわけじゃない…それでも」
その日の紅白戦には特別なゲストが招かれた。
5月、広島県福山市の県立神辺(かんなべ)高校のグラウンド。土まみれで駆け回る球児の姿を、高齢の男女6人がベンチから見つめていた。
「自分のおばあちゃんよりも年上だったのか」。主将の持田恵太朗君(3年)は驚いた。そして、感謝の気持ちを込めて白いボールを握りしめた。
コロナ禍に振り回された野球部生活。今年も2、3月は十分な練習ができなかった。春の県大会は地区予選で敗退し、チームは自信を失った。
「チームがまとまらない。プレーにもミスが出る」。持田君は悩んだ。
そんなとき、谷浦亘監督(32)からこう言われた。「今日からボールは高齢者施設で磨いてもらう」
3週間後、マネジャーの田辺華穂美さん(3年)はグラウンドで思わず声を上げた。「今まで見たことがないぐらい真っ白!」
土で汚れた練習球が、新品のようになって返ってきた。
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シャッ、シャッ。ボールの縫い目に沿わせてブラシをかける音が響く。
介護事業所「さかいの家」は神辺高校から車で15分。かごいっぱいのボールに、利用者が一つ一つブラシをかけていく。「きれいになった」。84歳の男性は満足そう。87歳の女性は「球児も一生懸命だから一生懸命磨く」。
約30人が日替わりで磨き、3週間に1回、白くなった約400個のボールを高校に届ける。
「誰かの役に立つことが生きがいになってほしい」。きっかけは、職員の土橋めぐみさん(40)のこんな思いだった。
息子の陽心(みなみ)君(2年)は神辺の野球部員。利用者が球児と交流できる機会をつくれないか。ボール磨きならリハビリにもなる――。谷浦監督から「ぜひお願いします」と返事があった。
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「一球一球大切にせなあかんね」。谷浦監督はボールが届くたび部員たちに語りかける。地域から応援されるチームになる、それが目標だ。「支えてくれる人がいると思うことでモチベーションを維持できる」
練習の雰囲気は変わった。「ナイスボール」「いいよ」。どんどん声が出る。「応援が形になったボールを見ると励みになるんです」。副主将の田中啓太君(3年)はチームが一つになったと感じている。
「一球一球ミスなくプレーしよう」。主将の持田君の思いはチームに広がり、打撃でも大事に打つ意識が生まれた。
ボールがつないだ二つの世代。初めて顔を合わせたのが5月の紅白戦だった。
「いつもありがとうございます」。持田君と田中君はベンチに駆け寄り、一人ひとりに声をかけた。
「こちらこそ」。ひ孫世代の球児に、優しい言葉と笑顔が返ってきた。
マネジャーの田辺さんは一緒に観戦しながら気づいた。「手が十分に動くわけじゃない。それでも磨いてくれている」
バラバラになりかけたチームに変化をもたらした白いボール。夏の1勝をめざし、持田君は力を込める。
「試合に出ている9人だけがチームじゃない。支えてくれる人たちと一緒に勝ちたい」(松尾葉奈)