イチローは泣かなかった。高校最後の夏、敗れ、走り寄った金網越しに

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安藤嘉浩
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 愛工大名電(愛知)の監督を約20年にわたって務め、教え子14人をプロ野球に送り出した中村豪(たけし)さんが6月28日、80歳になった。

 「おれは選手を型にはめんから、それがよかったんかな」と柔和な笑顔で語る中村さんに、イチロー選手(48)との3年間を振り返ってもらった。

 イチローはね、中京(現中京大中京)や東邦も欲しがった選手なの。だけど、うちに来てくれた。おれのところなら、変にいじらず育ててくれると思ったんやないかな。

 初めて会った時、口数は少ないけど、自信の塊のような目をしとったのが印象深い。

 「ぼくの目標は甲子園ではありません。プロ野球選手にして下さい」と、はっきり言っとったね。

 モヤシみたいにヒョロヒョロ(身長170センチ、体重55キロ)やったが、すごいことを言うなと感心した。

 しかも、中学の校長先生によると、成績はオール5に近い。その先生に「この子は県立の進学校に行けば、東大も狙える生徒なんやから、野球なんかさせんで欲しい」と言われて参ったよ。

 だから、イチローは成績特待生で名電に入ったんだわ。

 すぐに試合で使った。3月の終わりに入寮して練習に参加したから、わしの方が使いたくてウズウズしてね。4月2日の練習試合で、3番ライトで起用した。2打席目に、さっそくセンター前ヒット。上々のデビューだった。

 ところが、その次を失敗した。投手としても期待しとったから、5月に松商学園(長野)との練習試合で登板させたんだ。中原英孝さん(77)=当時監督=に「うちにも、ええ子が入ったんや」と自慢したかったんだわ。星稜(石川)の山下智茂さん(77)=当時監督=も翌年、松井秀喜(48)が入学したとき、うちとの試合に連れてきて、自慢しとったよ。

 それで松商戦でイチローを八…

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