「負ければ現役引退」――
その極限の状況で、加藤寿(ひさし)はプロボクサーとして生き残った。
「ただただ、ホッとしました。生存権を勝ち取れてうれしいです。ああ、これで明日は最高の誕生日になりますね」
29日、東京・後楽園ホール。スーパーウエルター級(約69・9キロ以下)8回戦は、劇的な試合になった。
加藤は試合翌日が37歳の誕生日。これまで日本ランキングに入った経験はない。
国内の規定では、基本的にランク外の選手は37歳で「定年」になる。
相手は日本同級6位の安達陸虎(りくと)(24)。加藤は勝てば道がつながるが、明らかに下馬評は不利だった。
運命のゴングが鳴った。
1回はお互いに探り合いながら、終盤に安達が前に出てプレッシャーをかけ、パワーの違いも感じさせた。
試合が動いたのは2回だ。安達は攻勢を強めるが、加藤はその動きに合わせ、カウンターを狙っていた。安達が左を出すと、それを読んだ加藤の左が先に当たった。1度目のダウン。
この回、残り時間は約30秒だった。
加藤が所属する埼玉・熊谷コサカジムの小坂裕己会長(58)は、青コーナーから「行け!」と指示した。「試合が長引いても、こんなチャンスはもうこない」との判断だった。
加藤は一気に仕留めにかかった。安達の左も当たり、ひやりとさせたが、豪快に2度目のダウンを奪う。安達が大の字に倒れ、レフェリーが試合を止めた。
加藤の2回2分46秒TKO勝ちだった。
いつもは勝っても淡々としている加藤が、この日は青コーナーに駆け込み、ロープに足をかけ、両手を高く挙げて叫んだ。
「対戦相手に失礼になるので、はしゃがないようにしているのですが。『今日だけは、ごめんなさい』と思いながら……。それだけ特別な1勝だったんです」
戦績はこれで11勝(7KO)10敗2分け。
日本ランキングを持つ選手、いわゆる「ランカー」には10年前に初挑戦し、何度もはね返されてきた。安達との対戦は当初、今年1月に組まれていたが、加藤が試合8日前に左足アキレス腱(けん)を断裂。中止になった。
手術し、リハビリを重ね、何とか37歳になる1日前に間に合わせた試合だった。
アキレス腱への負担を考え…
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