「うつぶせ寝」が推奨された時代も SIDS対策から得られる教訓は

大脇幸志郎
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 寝苦しい季節になりました。うちの子も暑いと泣くのでエアコンを動かして寝ています。

 子供の体を温めすぎないことが乳幼児突然死症候群(SIDS)の予防につながるとする意見があります。たとえばアメリカ小児科学会がこの立場です(*1)。

 ただし、子供にとって「温めすぎない」とはどの程度かを決めるのは難しいので、「汗をかくとか、胸に触ると熱いこと」を目安としています。

 SIDSとは、子供が以前にかかった病気などからはまったく予想されず突然に死亡し、死後の検査でも死因を特定できない場合を指す言葉です。とても悲しいことですが、現代医学でも完全には防ぎきれません。

 乳幼児の突然死の原因は長年にわたって考察され、無数の仮説が唱えられています。予防法とされるものも同じく無数にあり、その内容は国によって微妙に違うのですが、厚生労働省は控えめに、あおむけ寝・母乳・禁煙の3カ条だけを推奨しています(*2)。

 母乳と禁煙はほかの理由からも推奨されるので、読者にもSIDSと言えば「あおむけに寝かせる」と連想する方が多いのではないでしょうか。

 あおむけ寝の推奨によって、たとえばアメリカで1990年代の「Back to Sleep」キャンペーン以後に、乳幼児の突然死が明らかに減ったことも有名です(図)。

 ところがこのすばらしい成功の背景には、比較的言及されない事実があります。それはあおむけ寝の推奨より前に、医師がうつぶせ寝を推奨していた時代があり、それによってSIDSが増えていたらしいということです。

 たとえば、オランダではもともとあおむけ寝の慣習がありましたが、71年にライゼトバウアーとチェルマークという医師がうつぶせ寝を支持した説が広まり、70年代のうちに乳幼児の突然死は倍増しました(図)(*3)。

 当時、少なくない医師がうつぶせ寝を支持していました(*3、4、5)。「吐き戻したミルクが肺に流れていかないように」という理由がよく言われましたが、ほかにも「側彎(そくわん)症を予防する」「発達を促す」などの説がありました。このほとんどは現代では支持されていません。

 当時はうつぶせ寝のリスクがわかっていなかったから仕方ないでしょうか? 残念ながら、それほど単純ではありません。SIDSという言葉が明示的に定義されたのは69年の国際会議でですが、同じ69年にはすでに、突然死した子供はほかの子供よりもうつぶせ寝の割合が高かったことが統計的に報告されています(*6)。

 もちろんこの関連だけで「うつぶせに寝かせないほうがよい」とは結論できませんし、医師にはうつぶせ寝を勧める理由がありました。しかし、うつぶせ寝の利益がそれほど明らかではないこと、害については仮説であっても非常に重要な突然死のリスクが指摘されていたことから、あおむけ寝とうつぶせ寝のどちらがよいかを検証するランダム化比較試験は考えられたはずです(有名なストレプトマイシンのランダム化比較試験はさらに20年以上前に報告されています)。

 実際には、たとえば74年の論文がSIDSとの関連やランダム化比較試験の必要性にも言及しつつ「『誤嚥(ごえん)を防ぐ』ために乳児をうつぶせにするという文化的に規定された我々の習慣が、実は睡眠時の肺換気の減少の原因になるなどということがありえるだろうか?」と記しています(*4)。

 医師たちは検証の必要性に気付きながら、結果として無数の子供たちを救うチャンスを見逃したのです。

 この歴史の教訓はいくつかあります。第1に、「一見もっともらしい医学的な説明は、ただ同時代の習慣を追認しているにすぎなかった」ということ。第2に、「医学に基づくと思われた間違いはなかなか訂正されない」ということです。

 ただし、当時の医師にも弁護の余地はあります。それが第3の教訓です。それは「どちらにしても結果は変わらない人がはるかに多い」という点です。上のグラフにも表れているとおり、うつぶせ寝が推奨された時代でさえ、SIDSは出生1千人あたり1人程度の、かなりまれなことでした。つまり、子供をうつぶせに寝かせるよう気をつけていた家庭でもほとんどはSIDSに見舞われることがなかったのです。

 これほど細かい差を調べるランダム化比較試験には何万人もの参加者が必要ですが、当時それほど大規模な臨床試験は少なく、計画したとしても予算確保はきわめて難しかったと思われます。

 さて、ずいぶん難しい話になってしまいました。現代日本の親は、ことあるごとにあおむけ寝を教えられ、毎晩子供の姿勢を気にしています。これはある意味では正しいのですが、「そんなにこだわらなくても」と思ってしまうこともよくあります。

 ネットの質問サイトなどを見ると「夜中に子供がうつぶせになっていたらあおむけに直したほうがいいのでしょうか?」といった疑問は定番のようです。

 答えるとすれば、最初に紹介したアメリカ小児科学会の推奨には「赤ちゃんがあおむけからうつぶせにも、うつぶせからあおむけにも寝返りできるようになれば、自分でとっている姿勢のままにしてよい」と書かれています。これも間違っているかもしれませんが(第1・第2の教訓)、現在少なくなったSIDSがその間違いのために急増するということもほとんど考えられません(第3の教訓)。

 子育てはずっと続きます。SIDSについてだけでも、1歳ごろまでは気にすることになります。もちろんできる限り、特にSIDSが少なくなる生後半年ほどまで、あおむけ寝を徹底することは大事です。

 しかし一晩中見張っていることはできません。寝ている間の状態を機械でモニターすることもエビデンスがなく非推奨とされています(*1)。ひとつのことだけ際限なく心配するよりも、親がよく寝て体力を温存することも大事だと思います。あまり細かいことまで完璧を目指さなくてもいいのではないでしょうか。

*1 Pediatrics. 2016;138(5):e20162938.

*2 乳幼児突然死症候群(SIDS)について https://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/sids.html別ウインドウで開きます

*3 Arch Dis Child. 1990 Apr;65(4):462-7.

*4 N Engl J Med. 1974; 290:693-694.

*5 S Afr Med J. 1975 Jan 18;49(3):79-81.

*6 Lancet. 1990 Nov 3;336(8723):1104.(大脇幸志郎)

大脇幸志郎
大脇幸志郎(おおわき・こうしろう)
1983年、大阪府生まれ。2008年に東大医学部を卒業後、「自分は医師に向いているのか」と悩み約2年間フリーターに。その間、年間300冊の本を読む。その後、出版社勤務、医療情報サイト運営を経て医師に。著書に「『健康』から生活をまもる」、訳書に「健康禍 人間的医学の終焉と強制的健康主義の台頭」。