正当な異議申立か、行きすぎた排除か キャンセルカルチャーを考える

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聞き手 シニアエディター・尾沢智史 聞き手・高久潤
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耕論 キャンセルカルチャー考

 著名人が過去の言動を強く非難され、社会的地位を失う。昨年来、国内でも目につくようになった。これは行きすぎた「キャンセルカルチャー」なのか。正当な抗議申し立てなのか。

「常に正義」の人々 対話を否定 辻田真佐憲さん(近現代史研究家)

 2021年は日本のキャンセルカルチャー元年でした。東京五輪開会式の小山田圭吾さんが典型ですが、過去の発言を掘り返し、現在の基準で判断した上で抗議する。場合によっては職を失わせるまで追い込んでいくといったことが多く起こりました。

 そうしたことは以前にもありましたが、去年、特に広がった一因はコロナ禍だと思います。キャンセルを推進するうちに、自分は正義と一体化しているという感覚に陥りがちです。さらにコロナで家に閉じこもり、SNSの狭い世界に入り浸っていると、「正義」が暴走しやすい。

辻田真佐憲さんは、正義をふりかざす人々がキャンセルカルチャーの発火点になっていると指摘します。記事後半では、法哲学者の住吉雅美さんがネット社会で暴走する処罰感情について、同志社大学大学院教授の南川文里さんは異議申立てを「行きすぎだ」と批判する風潮への違和感について、それぞれ語ります。

 ネットでの炎上は昔からあり…

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