「辞めよう」そのとき浮かんだあいつの顔 桐ケ丘の捕手が気づいた絆

本多由佳
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 ジリジリと太陽が照りつける。6月26日、東京科学技術(東京都江東区)のグラウンドで、帽子もストッキングの色もばらばらの選手たちが白球を追っていた。

 浅草、かえつ有明、東京科学技術、桐ケ丘の連合チーム。1週間ぶりの合同練習だった。東京科学技術の主将、斉藤大真(はるま)(3年)の変化球が低めに決まった。打者は手が出ず見逃しストライク。「ナイスボール!」。明るい声で斉藤を励ます捕手、平川大智(同)は桐ケ丘の主将。18人のチームで3年はこの2人だけだ。

 一方の捕手は東京科学技術の1年。まだ慣れない様子だ。「大丈夫?」と平川は声を掛ける。他校の後輩にも自然と気を配っていた。そんな平川を斉藤は頼りにしている。「制球が乱れても体で止めて前に落としてくれる。信頼して投げられる」

 第104回全国高校野球選手権東・西東京大会が7月9日に開幕する。主役はコロナ禍の3年間、野球に打ち込み続けてきた球児たちだ。折れそうになる心を支え、突き動かしてきた「Motive」(原動力)は何なのか。思いを尋ねて回った(選手名は原則として敬称を略します)。

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 仲の良い友人に誘われ、小学3年で野球を始めた平川は、野球から離れた時期がある。

 地域の選抜チームに選ばれたこともあった。中学入学直前には硬式野球ポニーリーグの地元チームに入部した。「ここで力をつけて強豪校に進み、甲子園を目指す」と意気込んだ。1年の学年キャプテンにも指名された。遊撃手として試合に出ることもあった。

 ところが、監督や先輩と同学年の選手との間で板挟みになった。悩んでいるうちに、メンバーとの距離を感じるようになった。自分の居場所がないように思えた。練習に足が向かなくなり、「ボールを見ると気分が悪くなった」。半年ほどたった秋ごろ、退部した。

 心が疲れ、一時不登校になった。2年の時、中学の野球部に入部、野球がしたくて再び学校にも行き始めた。「野球が楽しい」と思え、3年の引退まで続けた。でも、高校では勉強に専念して野球をやるつもりはなかった。入学した桐ケ丘ではどの部にも入らなかった。勉強のかたわら、ファストフード店などでアルバイトをしていた。

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 「野球をやりたいなら、一緒にやろうよ」。2年になった昨春、授業「産業社会と人間」の受け持ちだった中沢大樹監督(27)から声をかけられた。「体を動かしてみようかな」と思った。体験入部に行ったら2人だけ。「試合が無いなら、楽しく野球ができるはず」と入部した。

 実際は、4校の連合チームとして夏の東東京大会に出場し、ベンチ入りした。試合は立正大立正に1―9で敗れた。途中交代で試合に出て、打席にも立った。結果はフライに打ち取られて試合終了。最後の打者だった。先輩に「自分のせいで」と謝ったが、久しぶりの投手との真剣勝負には心が躍った。「うれしかった。すがすがしい気持ちだった」

 秋、連合の新チームでは正捕手になった。3年が引退し、自校での練習は1人きりのことが多かった。監督に投手役をしてもらい捕球の特訓をしたり、ノックをしてもらったりした。筋トレにも取り組んだ。体力がつき、練習試合では本塁打も放った。

 新型コロナウイルスの感染拡大で合同練習ができない時期もあったが、バッテリーを組む斉藤には投球を撮影した動画をLINEで送ってもらい、改善点を考えた。そのおかげで練習再開後すぐに、斉藤にアドバイスできた。

 3年になる直前、退部を考えた。受験を控え勉強との両立は難しいと思ったから。そのとき、頭に浮かんだのは斉藤や連合チームの仲間だった。斉藤のボールを受けられる捕手は自分だけ。「上級生としてチームを引っ張る」という役割も大事だ。下級生たちも頼ってくれている。「チームのためにも自分が辞めるわけにはいかない」と踏みとどまった。連合チームの仲間を思う自分に気づいた。

 もう迷いはない。連合チームの勝利を目指し、最後まで全力を尽くすだけだ。「連合チームの仲間の熱量を見ている。自分はこのチームで最後まで戦いたい」(本多由佳)

自分のために楽しんで

 連合チーム助監督の桐ケ丘の中沢大樹監督(27) 冬の間は1人しか参加しない時でも練習に取り組み、春以降は唯一の3年生として後輩の面倒をしっかり見てきた。最後の夏の舞台では、思い切りのよい打撃を期待している。自分のために楽しんでほしい。