筋肉つけて「完全燃焼」 一度は野球やめた兄、弟に託した思い 桐陽

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 初めはただ、弟の試合を見に行ってみようという軽い気持ちだった。昨春の県地区大会3回戦。5点差をひっくり返す劇的な勝利に心が揺さぶられた。「このチームのために何かしたい」。気づけば、一度は離れた野球に戻っていた。

 静岡大学3年の佐藤陽哉さん(20)は、桐陽のトレーナーだ。地元・松崎町を離れ、桐陽で主将を務める弟の裕哉選手(3年)と本気で甲子園を目指す。

 陽哉さんが地元のチームで野球を始めたのは小学3年生の時だ。すぐに頭角を現したが、監督の指導は期待の裏返しのように厳しかった。要求に応えようと夜遅くまで練習するうちに、ある日突然ボールが投げられなくなった。思うように投げられないまま、小学校卒業と同時に野球をやめた。

 中学で始めたバレーボールも、納得がいくまで続けることはできなかった。指導者の期待や勉強との両立で重圧がのしかかり、高校2年で競技をやめた。「スポーツに関しては、不完全燃焼という思いがあったと思う」と父・友康さん(46)は振り返る。

 弟の裕哉選手も当時をよく覚えている。気軽に声をかけられる雰囲気ではなく、テレビをつけることもできなかった。今、スポーツを続けられず苦しんだ兄が、毎週のように練習場に足を運んでくれる。言葉にしなくても裕哉選手が感じるのは「兄に託されている」という思いだ。

 裕哉選手にも常に重圧はある。昨年のチームは数々の逆転劇で「八回の桐陽」と呼ばれ、夏の大会で8強入りを果たした。そんな先輩のように強くなりたいと挑んだものの、春の地区大会は初戦で敗退。失意の中でチームはばらばらになりかけた。

 それでも主将をやめたいと思ったことは一度もない。わざわざ松崎町から応援に来てくれる父、「野球がんばってる?」と声をかけてくれる地元の人、そして何より練習を見守ってくれる兄がいる。地区大会敗退後、会場の隅で兄が誰よりも泣いていたと聞いた。「地元から離れても、自分は1人じゃない」。やる気がわいてくるのを感じた。

 陽哉さんは今、毎週のように練習に足を運び、選手の相談に応じる。スポーツジムでのバイト経験を基に筋肉の使い方などトレーニングを指導する。部員は冬の鍛錬が実り、筋力テストの結果が大幅に向上。「やるしかない」とチームも再びまとまった。

 「このチームはマジで楽しい。甲子園も夢じゃないと思う」と裕哉選手。兄と仲間との最後の夏へ向け、今はひたすら練習に励んでいる。