四国の四商業高校、44年ぶり聖地そろい踏みめざす 古豪復活の足音

三島庸孝、吉田博行、鈴木芳美、堅島敢太郎
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 4月に徳島県で開かれた春の四国大会。1回戦で松山商と高松商の古豪同士が久々に相まみえた。

 結果は序盤から得点を重ねた高松商が7―0で八回コールド勝ち。松山商の大野康哉監督(50)は「甲子園常連の高松商と20年出ていない松山商の違いが出た」と語った。

 両校に徳島商と高知商を加えた「四国四商」は、戦前から高校野球ファンの期待を集めてきた。選手権大会に全都道府県の代表が出場するようになった1978年(60回大会)が、四商が出そろった唯一の年。今春の四国大会は徳島商も出場し、夏の地方大会は4校ともシード校として臨む。44年ぶりの「聖地」そろい踏みが現実味を帯びる。

松山商

 甲子園から最も遠ざかっているのが松山商。夏5回の優勝を誇り、「夏将軍」と称されながら最後の出場は2001年。低迷脱却の期待を背負い、20年春に就任したのが大野監督だ。今治西を春夏11回の甲子園出場に導いた県内きっての名将として知られる。

 就任後、選手たちが目標を「日本一」と口にするのを見て、「実力とかけ離れた目標。甲子園に約20年出られていない。(伝統を)今の選手に背負わせてはいけない」と感じた。

 寮で寝食を共にし、選手の意識改革から始めた。就任3年目の今春の県大会を17年ぶりに制した。西岡龍樹主将(3年)は入学時、「甲子園は無理だろう」と諦めていたというが、結果が出始めるにつれ、「頑張れば行けると思えるようになってきた」。愛媛大会は第1シードで臨む。

高松商

 一足先に甲子園で復活の足音を響かせたのは、高松商。春夏出場の19年に続き、昨夏も香川大会を制した。甲子園でも初戦で作新学院(栃木)を破り、3回戦ではこの大会で優勝する智弁和歌山にも善戦した。

 高松商もつい最近まで低迷期にあり、1996年以降の20年間、春夏とも甲子園に出られなかった。復活は監督交代から始まった。

 2014年、県内の二つの中学を軟式野球の全国大会に導いた長尾健司監督(52)が就任。OBでもなく、高校野球の指導経験もない。異例の人事だった。

 長尾監督は自身の指導スタイルを変えなかった。練習で好プレーをした選手を呼び止め、何が良かったのかを伝え、きちんと褒める。「嫌々練習させても仕方がない」と自主性を重んじる。一方で、伝統の守り勝つ野球を取り戻そうと、守備練習と投手陣整備に特に力を注いだ。

 結果が早く出たのも大きかった。就任2年目の15年秋の四国大会で優勝すると、明治神宮大会も制覇。20年ぶりの甲子園となった翌春の選抜大会も快進撃は続き、準優勝を果たした。

徳島商と高知商

 OB以外の監督に復活を託した松山商と高松商に対し、徳島商と高知商はOB監督が率いている。

 徳島商の森影浩章監督(59)は四商の交流を大事にしてきた。就任した10年に学校創立100周年を記念し、四商が集まり、練習試合をした。どこも苦戦が続いていた時期で、復活を誓い合う貴重な機会となった。その後も交流を重ね、切磋琢磨(せっさたくま)している。

 徳島商は11年夏以降は甲子園に縁がないが、今年は春の県大会で優勝し、狙える力がある。森影監督は「また甲子園に行くために頑張る」と意欲を燃やす。

 高知商は近年、県内で明徳義塾と高知という全国レベルの強豪2校の後塵(こうじん)を拝してきた。18年(100回大会)の高知大会では準決勝と決勝で両校を破った。12年ぶりの甲子園でも1回戦は山梨学院、2回戦で慶応(北神奈川)を下し、復活の足がかりになった。

 15年から率いる上田修身監督(60)は1980年の選抜優勝時の主将で、四商が甲子園に顔をそろえた78年夏はアルプス席で声援を送った。「四商がもう一度甲子園で、そろい踏みできたら」と再現を願う。(三島庸孝、吉田博行、鈴木芳美、堅島敢太郎)

四国四商の甲子園出場回数

松山商 夏26回(5) 春16回(2)

高松商 夏21回(2) 春27回(2)

徳島商 夏23回    春19回(1)

高知商 夏23回    春14回(1)

※()内の数字は優勝回数( )