日本で芽生えた「勝ちたい」気持ち 「友達より上」仲間と甲子園へ

松尾葉奈
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 8点を追う苦しい展開。七回無死満塁のピンチでマウンドに上がった尾道高校の蘇璟(スージン)君(3年)は、緊張しながらも闘志が湧き上がるのを感じた。

 「負けたくない。全力で投げよう」

 4月、広島県呉市の鶴岡一人記念球場であった春季県大会準々決勝。190センチの長身から投げ下ろす角度のある球に、相手4番のバットは空を切った。3者連続の三振。ベンチに走る蘇君にチームメートが声をかけた。

 「蘇璟のおかげで助かったよ、ありがとう」

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 「自分も日本で野球がしたい」。岡山県内の高校に留学していた2歳上の兄を追って、台湾の嘉義市から尾道への進学を決めた。父は元プロ野球選手。中学で日本語も学び、2020年2月に来日した。

 それ以来、両親には会えていない。入学当初からコロナ禍で帰省できず、家族が応援に来ることもかなわなかった。

 北須賀俊彰監督(53)は「言いたいことがうまく伝えられん時もあるんだと思う。我慢強くがんばっている」。そんな蘇君をグラウンドや寮生活で支えるのは46人のチームメートだ。

 「日本は上下関係に厳しいし、時間を守ることが大事。最初はドキドキしていた」。なじみのない敬語。寮生活では点呼の時間に遅れることもあった。「『です』って付けろよ」「蘇璟はマイペースだからな」。先輩や同級生に声をかけられ、慣れていった。

 「こうなったらアウトだからな。これはセーフ」。言葉で伝わりにくい走塁や守備は、チームメートが身ぶり手ぶりを交えて説明する。スマホで動画を見せ、グーグル翻訳も活用する。

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 「思い切って腕振って投げろ」。バッテリーを組む捕手の渡辺大翔(やまと)君(3年)は、できるだけ簡単な言葉を使う。試合で意識するのは、タイムをとり、マウンドの蘇君に駆けよって声をかけることだ。

 「ラーメン食べたいよな」「夕飯何かな」

 野球と関係ない話もして緊張をほぐし、笑顔が見えたら定位置に戻る。「日本で野球をやってこなかった蘇璟を、1人にさせたらしんどいんで。少しでも楽に投げさせたい」

 コミュニケーションを増やそうと、寮では互いの部屋を行き来する。今年の正月休みは、帰省できない蘇君が渡辺君の実家に泊めてもらった。「言葉は関係ない」。そう思えるようになった。

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 台湾では常に先発投手だった。だが、いまは違う。自分より技術のある選手がそろい、なかなか先発には選ばれない。

 「勝ちたい」。海を渡り、白球を追いながら湧き上がってきた気持ち。それは、これまで意識したことのないものだった。

 「チームメートにも負けたくない。チームを勝たせる投手になりたい」

 野球への姿勢は変わった。バント処理など、簡単なプレーでもミスしないように自主練を重ねた。チームのムードを盛り上げるため、練習や試合で積極的に声を出すようになった。

 言葉や文化の違いを超え、チームが一つになって迎える最後の夏。蘇君は背番号10をつけて臨む。

 「3年間一緒におったけえ、『友達よりもう1個上』な感じ。最後の目標は一緒。みんなで甲子園に行きたい」

 大切な仲間を思う言葉に、広島弁が交じった。

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 これまでの価値観にとらわれず、自分らしさを追い求める。Z世代と呼ばれる10代~20代半ばの若者たちには、そんな特徴があるとされる。夏の高校野球シーズンを迎え、それぞれの球音をたどった。(松尾葉奈)