がんで逝った49歳職員の遺志、桜の里を「灯す」 岐阜

高木文子
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 岐阜県本巣市の「根尾谷淡墨桜」が国の天然記念物に指定されて今秋で100周年になる。地域の子どもに桜を知ってもらい、「宝」として受け継いでもらう活動も始まった。「Motosuをtomosu」(本巣を灯(とも)す)と名づけたプロジェクトのひとつで、がんのため49歳で亡くなった市職員が残してくれた。

 「ここの地面にある種はほとんどは芽が出ない。全部出たらどうなる? この桜、死んじゃう」

 6月半ば、緑が深まり種を落とした淡墨桜の前で、地元の公民館長三本木隆さん(68)が語りかけた。柵に囲まれ根元に近づけないのはなぜか、種はどうすれば芽を出すか――。参加した23家族の小学生が考え、種についた果肉を洗い流した。種は12月まで冷蔵庫などで保管し、それぞれの自宅で苗木を育てる。

 真桑小2年の林穂乃佳さんは淡墨桜について「昔はちっちゃな苗だったのが、1500年であれだけ大きくなった」と話す。本巣小3年の大井遥人さんは、雪化粧した桜の写真が「花が咲いているように見える」と気に入り、ポスターにあしらった。100周年に合わせ、子どもたちが作ったポスターがショッピングモールや鉄道に飾られる。

亡くなる4日前、病床からプロジェクト名

 「寝たきりの中で、ボオっと考えてたことを送信します」

 本巣市教育委員会の古澤美保主査(当時49)がラインのメッセージを送ったのは、今年3月9日の午後。病床で何とか麦茶がのどを通るようになり、川治秀輝教育長(62)に宛てて「Motosu を tomosu」とプロジェクトの名前を伝えた。地域の子に「何かを伝えたい気持ちがたくさんです」ともつづる。亡くなる4日前のことだった。

 合併前の旧真正町の職員として採用され、3人の子どもを育てながら働いてきた。5年前にがんとわかり3年後に全身に転移した。今年の年明けに転んで骨折してからは、体に負担がかかる抗がん剤が使えず、さらに弱っていった。

 ただ、がんを患い、さらに仕事に打ち込むようになったという。「生まれ育った本巣のために何かしなければと感じたんでしょう」と夫の秀樹さん(49)。中高生のオーストラリア派遣は年ごとに行程を練り直し、参加者にコミュニケーション力をつけてもらおうとホームステイを増やした。中学生の沖縄派遣の企画も温め、コースの下見まですませたが、コロナ禍でかなわなかった。川治教育長は「子どもに力をつけさせるためにどうすればいいか、常に考えていた。その気持ちを引き継ぎたい」と話す。(高木文子)