石ころみたいでも「特等席」 審判に弟子入り 宮城・加美農の内田君

武井風花
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 朝からじりじりと照りつける7月の日差しで、グラウンドは気温が上がる一方だ。ノックの練習が終わった時点で汗びっしょり。日陰で相手チームのノックを待っている間、加美農の内田凌君(3年)は監督に言われて、主審のところに向かった。「どこやりたい?」と聞かれ、二塁審判を選んだ。

 練習試合先の学校に着いて、すぐ「今日も審判をしたい」とコーチに告げていた。

 チームメートの二塁手の後ろに立つ。攻撃が始まり、守備についた仲間たちが声を張り上げだした。

 二回、相手走者が二盗を試みた。乾いた砂ぼこりが舞う。投手が気づいて送球する。守備と交錯しそうだ。じっと目を凝らす。その瞬間だけ、走者の足とグラブしか見えなくなる。ほんのわずかな差。一呼吸おいて、胸を張り、両腕を広げた。「セーフ!」

 最近、監督や仲間に怒られてばかりだけれど、判定の時に出す声だけは褒めてもらえる。

 元々、野球に関心なんてなかった。夏の甲子園と言えば、「暑い中でよくやるなあ」と冷房の利いた部屋でテレビで見た程度。でも、高校入学後に友達に誘われ、野球部の見学に行ったのが転機になった。

 3年生の主将が「すごくいい人」だった。こっちは興味すらなく、うまく出来るはずもないのに、バットの振り方やボールの投げ方を教えてくれた。いらつかず、根気強く。それで、あこがれた。

 当時は部員が3人しかいない廃部の危機だったらしいけど、6月に自分ら初心者6人を含む計8人が入った。

 人数がぎりぎりだから、1週間後の練習試合でいきなりのスタメン。走塁の練習ばかりでまだバットも満足に振れないのに。マウンドから投手に見下ろされている気がして、緊張というより、怖かった。

 しかも、球が速い。どうしても目をつぶっちゃう。こんなの無理。また投げてきた。怖い。当たらないでくれ。

 一人でびびっているうちに、四球で塁に出た。その後、監督の指示を勘違いして、走塁ミス。「何してんの?」って思われてそうで、恥ずかしくてたまらなかった。

 それから野球を理解しようと、ルールを調べだした。どんなときアウトになるのか、塁の位置、ストライクとボールの基準。スマホで動画を確認し、練習で実践した。

 ルールを理解すれば、得することもあると知った。たとえば、バットがキャッチャーミットに当たったとき。審判が気づかなくても、こちらのアピールで打撃妨害とみなされれば出塁できる。「ルールを知れば、使えるカードが増える」

 初めて練習試合で審判をやったのは2年の秋。たまたま審判が足りなくて、監督に頼まれたのがきっかけだ。

 二塁審判として、チームメートの走者にアウトの判定を出した時、すごいブーイングだった。でも、先輩から「お前がアウトだと思ったんなら自信を持て」と言われ、審判の力ってすごくて、面白いんだなとそのとき思った。

 3年になって野球経験者が増え、試合に出る機会は減った。それでも、審判は楽しかった。佐藤圭コーチが県高野連の審判団に所属していたから、4月に「弟子」入り。練習試合で審判をするときは、後ろで見てもらうようになった。

 打球が顔のすぐそばを抜け、死ぬかと思う時もある。特に一塁だと球がしょっちゅう飛んでくる。自然とファウルゾーンに寄りすぎて、コーチに「フェアゾーンで見ないとちゃんとジャッジできないぞ」と注意されたこともある。選手からの抗議もあるけど、見逃しがなければ動揺はしない。

 なにより、すごいプレーを間近で見られるのが醍醐(だいご)味だ。コーチからは「試合だと審判は石ころみたいな存在。派手な動きではなく、そっと見せる」と教えられた。縁の下の力持ちにあこがれていた自分には、うってつけだった。試合に出ないときは率先して審判を買って出ている。

 もちろん夏の大会も選手として全力でプレーする。でも、審判という「特等席」でしか見えない景色があると気づいた。県高野連の審判団に登録して研修を続ければ、公式戦でも審判が出来るみたい。

 夏が終わってもルールの勉強を続けて、部活に顔を出そうと思う。就職してからも監督に審判を頼まれたら、「いーっすよ」って向かっちゃうんだろうな。想像すると、にやついてしまう。

 ◇目の前の壁や不運が大きすぎて、これまでやってきたことが無意味に見えてくる。自暴自棄にだってなりたくもなる。それでも、仲間や恩師たちの言葉で、もう一度奮い立つ。球児たちを支えたそんな一言を紹介します。(敬称略)(武井風花)