スマホ世代の球児に合ってる「SJB」 自由度高くても規律緩まない
江戸川(東東京)の主将・森坂翼(3年)は言う。
「入学前は鬼監督がいて、耐え抜く覚悟でいたけど、むしろ逆でびっくりしました」
頭髪は自由だ。しかし、森坂は丸刈りだ。
野球部は丸刈りが強制されるものと覚悟し、高校入学直後に高価なバリカンを買った。もったいなくて、それを使っているからだ。
子どもを取り巻くスポーツ界で勝利ばかりに価値を置く活動や高圧的な指導が徐々に見直されています。104回目の夏を迎えた高校野球はどうでしょう。それぞれのやり方を模索する現場を訪ねました。
いい意味で、森坂の期待を裏切った江戸川の大きな特徴が「セルフジャッジベースボール(SJB)」だ。
試合中、園山蔵人(くろうど)監督(48)がサインを出すことはない。
外野手や捕手の肩の強さはどうか。内野手の動き方はどうか。投手はどういう性格か。
選手たちは相手を徹底的に観察し、スクイズやヒットエンドランなど、その場面で最適と思う作戦を、自分たちで決めて伝えあう。
「私はボーッと見ているだけですよ」
園山監督はそう笑う。森坂は実に楽しそう。
「中学までは指示されるままに打って、守って、走ることだけを考えていた。いま思えばその方が楽だった。いまは、打つ、守る、走るという技術だけではなく、どう工夫して点を奪うかなど、野球の考え方がうまくなったように思う」
同じ3年生で打撃リーダーを務める千葉奏(かなで)も「SJBで野球の引き出しが増えた。主体的にやることで、周りをよく見るようになれた」と語る。
SJBを導入したのは、2020年に赴任した園山監督だ。
05年から六郷工科(東京)の定時制で保健体育を教え、専門ではないバスケットボール部の監督に就いた。
相談には乗りつつも、競技をよく知っている部員を中心に、選手主体で取り組んでもらうと、08年秋には定時制・通信制の都大会で優勝を果たした。
「こういうやり方もあるんだ」
新しい発見だった。
「スマートフォンの普及で、子どもたちの方がよく知っていることもある。生徒主体でできることはたくさんある」
指示に従わせるのでなく、生徒の考えを尊重し、サポートする指導法を選んだ。
丸刈りだった江戸川の髪形を自由にしたのも、「時代に合った髪形の方が、部のために良いのでは」という部員からの意見を採り入れてのことだ。
自由度が高いからといって、規律が緩いわけではない。
新チーム発足時、下級生を含め全部員が担当を決めてリーダーに就き、それぞれに1年間の目標を立てる。
練習メニューを考えるのは、打撃、内野守備、走塁など技術担当の各リーダーたち。
身だしなみ・生活リーダーは、衣服や頭髪の乱れを、進路・学習リーダーは、勉強で手を抜いていないかなどをチェックする。
「主役は選手。選手たちが目的を持って、考えながら取り組める環境を整えるのが指導者の役割です」
園山監督はそう言い切る。
9日、東西の東京大会が開会式を迎える。
江戸川はベスト8などの成績ではなく、「日本一わくわくした夏にする」ことを目標に掲げた。
「勝つことを一番大事にすると、視野が狭くなる。結果だけを見ていると楽しめない」
SJBに取り組んできた森坂たちがたどり着いた答えだ。
「主力選手」「SNSの写真撮影」…コース選択制の枚方なぎさ(大阪)
枚方(ひらかた)なぎさ(大阪)では部活動への関わり方の濃淡を部員が決められるよう試行している。
部員不足に悩む府立校。現在の選手は12人で、今夏の選手権大会後に3年生5人が引退すれば、7人になる。
危機感から打ち出したのが、選手の技量や目的に応じたコース別の部員募集だ。
「主力選手として公式戦出場をめざす」
「公式戦出場をめざす 基礎編」
「同 応用編」
「技術向上と体力強化をめざす」
「選手の体重・筋力値の数値管理」
「SNSの写真撮影」
の全6コースから選択できる。
コースによって練習時間や休日の数が異なり、一部は他部との兼部もOKだ。
今年5月から募集を始めると、1年生1人、2年生4人の計5人が興味を示した。
渡辺真大(まひろ)(1年)は技術向上と体力強化をめざすコースを選択し、「研修生」として通う。
勉強に専念しようと、野球は中学までと決めていたが、「久々にバットを振ってみたらやっぱり楽しかった」。
渡辺のコースの場合、平日の練習は週に3日で午後6時半には下校することになっている。
まだ練習を続ける先輩たちに一礼してグラウンドを後にすることが珍しくない。
「最初は気まずかったけれど、先輩たちが優しいので慣れた。試合でヒットも打ってみたい」
研修生から正式な入部へ気持ちは傾く。
入学時に11人いたいまの3年生は、この2年間でほぼ半減した。主将の大森柚輝(3年)は「どうしたら部員が集まるか考えてきた。どんな形でもいいので入ってくれると助かる」と歓迎する。
コース別募集を発案した野球部顧問の磯岡裕教諭(44)は言う。
「苦肉の策ですが、野球を楽しんでもらえたら、目標や目的は生徒それぞれでいいと思うのです」
枚方なぎさが選んだ形だ。(佐藤祐生、山口裕起)